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4.ティールームの怪

 ふん、と鼻を鳴らしたハーキュリーであった。

「このティールームはキアサルディという名だね」

「そうですね!」

 ふふん、と鼻を鳴らすシャーロットであった。

 いい性格はお互いさまだ。


「さて、お茶にしようか。

 君は淑女の姿をしていないし、紳士の姿でもない。というわけで、室内には入れないから、こちらのテラス席ということになるが」

「問題ありません」


 室内でゆったりとお茶をするのは、紳士淑女の特権である。お貴族サマは庶民と同じ部屋でお茶をいただいたりしない。



 ハーキュリーはテラス席を支配しているアテンダントに軽く手を上げた。

「君、私は侍従を連れている。同席するので目立たない席を」

 と言いながら、多めのチップを渡す。

「はい」

「私の都合でこういうなりをさせているが、乳母子めのとごだ。爵位はあるゆえマナーは心配ない」

 整った顔の口元少しを緩める。女性なら一発早落ちだろうが。

「承りました。こちらへどうぞ」

 負けず劣らずの口元だけの微笑みが“チップの力だよ”、と言っていた。


「私にはカフィ、こちらにカフィとサンドイッチを」

 アテンダントは一礼して去っていった。


「おにいさま、先ほどはどうかなさいましたか?」

「あ、ああ。出口でカードを受け取っていた者だがね。

 あれは、キッツロイ伯爵家の有名な執事でね。もう引退したと思っていたのだが」

「聞いたことありますわ。一度見た人の顔を決して忘れないそうですね。この執事がいるところで偽の招待状は通じないと恐れられていたとか」


「そうだ。私の前世でもそういう人はいた。

 実験映像記録を見たことがあるが、1秒ほどで顔を記憶に落とし込むのだ。

 顔ならば、実物でなくとも写真を見ただけで覚えていたね。こうね、眼球が上下に動いて顔を辿る、それだけだ。

 脳神経の特定の場所を経由して、複数箇所に電気信号が繋がっていく様が画像を処理して見えるようにしてあってね。記憶野に人の顔の映像を保存する特別な場所があるようだったね。


 特殊機関に所属する人に、実験協力してもらう部分もあった。

 まず、顔写真を100枚ほど見てもらう。そして、1週間後に1枚の写真を見せて、100枚の内から同じ人を選んでもらう。写っている顔の角度は違っているのに、見事に選んだ。

 また、写真を1枚見てもらい、その後6人の非常によく似た人を窓越しに見せて、誰の写真か当ててもらう。逆に、人をひとり見てもらって、たくさんの写真からその人の顔を選ぶというのもあった。

 何パターンかやってもらっていたが、全問正解だったよ。 驚いたね、実際。


 これは珍しい特殊能力で、刑事捜査や国際犯罪の捜査では、捜査員として同伴させることができるから、秘密兵器?扱いのようだった。

 顔認証用の専用機械でもほぼ正確にできるようになっていたのだがね、機械を持ち込むとチェックされるから、人を連れていくのは上策だよ。


 ただ、せっかくの宝を害されたり攫われたりしてはたまらん。映像に出た特殊能力保持者も、顔が出るところは俳優が代行していただろう。

 実験協力者もセクションのトップではないだろうねぇ、トップはもっとすごいのだろうと思うね。所詮外に出してもいい程度の情報だ。ほんのさわりだけだと思うべきだろう」


「お話の内容がちょっと難しいですが、そのような人が非常に役に立つというのは想像できますわ。そんな人もいるのですねぇ」

「そうだね。この能力は血筋よりむしろランダムに出るから、能力を持つ人を探すのは大変だよ」

「そうなのですね」


 *出典:ナショナル・ジオグラフィック

 映像:CSナショジオ*




 ハーキュリーの前世自慢が長引いているうちに、カフィとサンドイッチが届けられた。テラス席なので、その場で清算する。おつりはアテンダントのものだから、小銭の心配はいらない。


 最近ますます広まってきたカフィは、ハーキュリーにとって非常にありがたかった。紅茶も悪くはない、悪くはないが、彼の好みはデミカップのエスプレッソ・ノーシュガー。ここでは望むべくもないが。


 口をつけて、ほっとする。2時間近く、軽口を投げ合いながら歩いたのだ。

 だが、それにもめげず、ハーキュリーは早速妹のサンドイッチに口を挟んだ。


「頼りになる我が乳母子よ」


 来たキタきた、シャーロットが身構える。

「すばらしい食べ物だねぇ」

「帝都で流行りのキューカンバー・サンドイッチですね」

 パクリとひと口。キュウリの食感がいい。バターとの相性もいい。この、冬が厳しい帝都で、キュウリを栽培するには温室が必須であり、キューカンバー・サンドイッチは、貴族階級しか口にできない高価なおやつなのである。

「ほお、そのカピカピといって問題ない胚芽パンに、向うが透けて見えるほど薄く切ったキュウリはそれほど口に合うかね」


 ブレッドナイフで薄く切れる固さになるまで置いておいたパンは、パンというよりむしろクラッカーではないかという代物だ。おまけに、バターを限界まで伸ばして塗り、フィリングを挟んだ後“固く絞った濡れ布巾”で包んでおくという暴挙。

 これを許すほどハーキュリーは寛容ではない。彼は“コンビニでは必ずカツサンドを選ぶ派”であった。キュウリ?しかもオンリー? なぜ?


 何か洒落た返しをと考えながら、サンドイッチを噛んでいると、ティールームのエントランス方向を向いて座っているハーキュリーから声が掛かった。


「麗しの乙女よ」

「ふが?」

 口を開くことができないので、ふがふが音を出すしかない。

「さりげなくティールームの入り口を見るがいい」

「ごっくん」 ついでに頷く。

 シャーロットはゆっくりと首を回し、兄の指示に従った。


「あの、茶色のドレスの女性を知っているか」

「ええ。間違いありませんわ、エレイン・マイヤーさまです」

「そうか」

「お相手が、あのクリプトグラムを書いた方でしょうか」

「この場ではそう推定するしかない。今しがた植物園の出口あたりで落ち合ったのを見たよ」

「あら、今はちょうど5時あたりですか?」

 ハーキュリーは、懐中時計の鎖を引っ張り、蓋を開けて時間を確認する。

「いや、早いね。どうだろう」

 約束の時間ぴったりに現れるのは、貴族のたしなみだ。エレイン・マイヤーのような立場の人間が時間より10分以上早く到着し、約束の相手も早いとなると、少し妙な気がする。


「さあ、カピカピ・サンドも食べ終わったようだし、帰ろうか」

「ええ~、せっかくのデート現場を見逃すのですか~」

「興味ないからな」

「え~」

「さ、帰るぞ」

「は~」



 帰りの馬車でも軽口は終わらない。

「まったく、これがただのデートだというなら、何だってクリプトグラムなどなぁ」

「それはおにいさま、おふたりがロマンを求めていらっしゃるからに違いありませんわ」

「どこにロマンが? 面倒なだけだろう。ふみか伝言でよいではないか」

「なんとなく秘密めいていていいではないですか」

「わたしには謎の世界だ」

「そういうところですわ、おにいさま」

「どういうところだ」

「ロマンを解さないところです!」

「ロマンよりマロンを好んでいる」

「面白くも何ともありません!」

「いやいや、珍しく滑ったかな」

「珍しくありません!」



 次の朝、タブロイドの1面を飾っていたのは、キアサルディ植物園で発見された茶色のドレスを着た女性の死体だった。


アップしてからしばらく経ちましたので、ヒントを

スタートからここまでの間には、読者を積極的にミスリードに誘い込む罠が仕掛けてあります

ハーキュリーの無駄話には、多くのヒントが含まれています


熟練の読み手の方にはお分かりになると思いますが、ここをブレイクできていたら、すでにこの推理小説が提供する解答の50%は解き終わったことになります

このタイプの推理物になじみがない方、ハーキュリーは無駄にディレッタントぶりを発揮しているのではありません。彼は、ヒントを提供する役回りを果たしています

2024年12月8日 倉名依都

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