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14.答

「このクリプトグラムは、文字絵になっているのだ」

「文字絵? ですか?」

「そうだ。これは私の前世では暗号というより通信に使うようなものだったがね。

 さて、まずは文字数を数えよう」


 そのテープには、LとQのふたつの文字が延々と書かれており、何か意味ありげと言えば意味ありげ、何かを数えながらメモしたとも思える。


 LLL、とLが30回繰り返され、次にQが3回、L1回、Q3回、L2回、と続いている。


 L30回QQQLQQQLLQQQLQLQLLQLQLQLLLLQLQLLQLQLLQQQ・・・と続き、最後にまたL30回だ。


「始まりがL30,終わりがL30だろう?だから、長辺は29升だ」

「わかりません!」

「だからね、これは長方形の絵になっているのだよ。ほら、油絵で点描という描き方があるだろう?あれに似ている。画面の縦横を決めて、升を作ってLは空白、Qは色をつけると、絵や文字が浮かび上がるのだ」

「はあ」

「やって見せよう」

「よろしくお願いいたします、訳の分からない攪乱説得で長年の想い人を見事妻となさった兄上です、この程度は児戯にございましょう」

「ふん。 どちらも楽勝だ、と言っておこう」


「全部で203文字だね。こういう絵は、縦も横も素数にするものなのだ。仮に途中で千切れたりしても、ある程度読み取れるしね。手がかりくらいはないとね。

 横29列,縦7段でいいだろう。さて、升目を作って埋めてみるよ」

「はい、紙とペンを持って来ましょう」

「定規も頼むよ。準備しているから」

「ええ。お茶のおかわりも頼んできますわ」



「あら、読めますわねぇ」

「そりゃそうだろ?」


挿絵(By みてみん)




「B E P コンマ H、ですか? あるいは、8EP.H?」

「Be Prince of Hayward または Hermit おそらくどちらでもいいのだ。

 あるいは、Be Prince or Hermit としてもよい、意味するところは同じだ」

「え? まさか」

「ああ、そのまさかだね。というか、予想できたことだ。このクリプトグラムは、帝室の決定を伝えている。 決定が下ると予想できていた人向けなのだ」

「うーん、そうでしたか、予想できたのですか……」



「それでは、ご希望に沿って、キアサルディから始めよう」

「よろしくお願いします、ロード・パーフェクト(完璧卿)」


「キアサルディ植物園の奥にある旧アウロラ女帝離宮では、あの日、皇太子とマルグリッド姫の顔合わせが行われた。これは、後ほど確認したことで、もちろん部外秘だ。ロバートには君が図らずも関係者になってしまったので、教えてもいいという許可を取っている。極秘事項だよ」

「はい」

「通信文は、外から学院に来たものではなかったのだ。あれは、ロッテン学院の女生徒が、情報を外に流したものだ」

「え?」

「最初から順に説明しよう。私たちは途中で偶然登場した、計画外の意外な関係者だったのだよ」



 帝室は、皇太子の結婚問題を重く見ていた。若い皇太子は閨指南の未亡人に溺れ、役目を終えても奥宮から子爵家に帰さない。子爵家には娘がいる、母の帰りを待つ父を失っている娘、夫人のいる場所を口外できない夫人の義両親。未亡人自身は言を左右にして、みずから皇太子を拒否しようとはしない。

 未亡人の出身は子爵家で、到底皇太子妃の実家として機能することはできない。そもそも、子爵の身分では、皇太子の婚姻の儀に出席することすらできない。

 仮に、結婚を前に伯爵家に直すとしても、解決できない問題が大きすぎる。主に婚家に残される未亡人の娘に関する諸事情だ。


 皇太子には、閨指南の女性がなぜ子がいる未亡人と決まっているかという点について十分説明し、遠目ではあるが、娘も実際に見せた。あの娘を不幸にしないように、夫人にはお役目だけを果たさせてやりなさいと話を通してから閨の“授業”は始まったのだ。


 帝室は、皇太子を見限りかけていると言っていい。

 本命だったモンテアルコン家のシャーロットは、見合いの場にまでは来たものの、自ら、はっきりと「今代の皇太子妃は我が身に余ります、ふさわしい方はすでに王太子ご自身のお心にあるのではありませんか」と言い切った。いやいや、そんなことは、とうろたえる立ち合いの公爵夫妻は、どこから洩れているのかと顔色を悪くし、見合いの席は気まずくなるばかり、見合いは早々に終了した。

 婚約を持ち掛けようとしたすべての上位貴族に、遠回しな断りを入れられた。逃れられないと見た家は、話が本格的になる前に急いで娘を結婚させた。病を得たとして領地から出さないという対策を打った家すらある。


 遂に国内に皇太子妃を求めることをあきらめ、過去に帝室に縁付いた外国の王族出身者の血縁を辿ってようやく、キッツロイ伯爵家からマルグリット姫では、と推薦を受けた。マルグリッドはまだ16歳、十分に皇太子に憧れることができる年齢だ。

 密かに帝都に呼び寄せ、帝国の地理、歴史、宮廷儀礼を教えるために、ロッテン女学院に預けられていた。


 ロッテン女学院には国内外から淑女が預けられ、皇族や高位貴族の夫人として通用するように教育を受けていた。そこにオランディエ王国から侯爵家の二女が来ているのは不自然なことではない。だが、情報は漏れていたのだ。

 帝国内には、帝室が国外から皇太子妃を迎えることを嫌がる家は多い。

 自分の娘を皇太子妃にするのは嫌だけれども一族から養女を迎えて差し出すなら構わない、むしろ積極的に差し出したいと思う上位貴族も存在する。確かに、もう少し事態が悪化すればそれも通用したかもしれない。


 にわか仕立ての姫君を本物らしくするために、幾人かがロッテン女学院で淑女教育を受けていた。そのうちのひとりが書いたのが、最初のクリプトグラム、キアサルディだ。

 クリプトグラムはエレイン・マイヤー副学長に宛てて外から来た連絡ではなく、女学園の生徒が養家の指示に従い、マルグリッドの予定を聞き出して、教えられた暗号を組んでシューズ・ルームに置いたものだった。


 シャーロットのボックスが選ばれていたのはシャーロットが非常勤で靴箱を使うのは稀だったからだ。

 シャーロットがあの日打ち合わせに行き、ついでに思いついてブーツを持って帰って磨いてもらおうとしてテープを見つけたのも、兄と遊んでいるうちにデートの約束と勘違いし副学長の靴箱に入れてしまったのも、誰も意図しないことだった。


 シャーロットがテープをエレイン・マイヤーの靴箱に入れたために、エレインは監視されることになった。指定されていたボックスが変更されていたのは、エレインが関係していることを教える為だろうと思われたからだ。それは、偶然の巡り合わせだったのだが、やましい行動をする者が用心深くなりすぎ深読みした。

 エレインとよく似た背格好の女が選ばれ、エレインの外出着の色を観察して茶のドレスを着せた。

 女は、エレインと入れ替わって顔合わせの現場に紛れ込むか、すくなくとも離宮に入って使用人に紛れようとしたのだろう。エレインは外出に学園の馬車を使うため、途中で入れ替わることはできない。しかも、クリプトグラムにはキアサルディと書かれていただけで、植物園なのかティールームなのかわからなかったのだ。


 当日、女はエレイン・マイヤーのネームカードを渡し、早めに植物園に入った。閉園時間が近づいたのに接触がない。植物園が正解なら、カードは合図になるはずだ。

 やはりティールームかと、西出口から出ようとしたところで、執事の顔認識に掛かったのだった。


 これはかなり必然に近い偶然というべきだが、副学長は、マルグリッドの学習進行状態を説明するために離宮に招かれていた。エレインは、馬車を降り、約束の時間通りに植物園西出口で案内係に迎えられ、ティールームの裏口から離宮敷地内に入っていった。

 5時というのは、マルグリッドがキアサルディ植物園に向けて学院を出発する時間であって、エレインの行動とはほとんど関係なかった。馬車は、植物園閉門後、東の大門、元の皇女宮正門を通って離宮へ入ることになっていた。



「キッツロイ家は、遠縁にあたるマルグリット姫の後見を引き受けていたから、慎重だったのだね」

「聞いてみれば確かに、そうでしょう。ですが」

「顔の判別が正確な執事がいたよね。あの日は、本当は植物園を閉めたかったのだと思うよ。だけど、逆に何かがあると思われかねないので、開いておいて執事が顔をチェックしたのだ」

「そして、あの茶色のドレスの女性ですか?」

「執事の顔認証にかかり、植物園内を逃げたのではないだろうか」


「そして、尋問を恐れて自決したのでしょうか」

「一度入りこまれたら、どこで使用人と紛れてしまうかもしれない。キアサルディ側も容赦しなかっただろうね。すぐに自決できたとも限らない」

「ひどいお話です」

「そうだね、でも、ほとんど最後のカードであるマルグリッド姫に瑕疵をつければ、キッツロイ家が責任を負わされかねない」

「そういうものでしょうか」

「面倒なことになれば、話が壊れるからね」


 老執事が待機していた西出口と、死体発見場所の間にはかなりの距離がある。まして、茶色いドレスの女がひとりで入園したとも考えられない。ひとりで歩き回る貴族女性などあり得ないから、かならず侍女かエスコート役の男性がついていただろう。だが、女は死体で発見され、カードは回収されていない。

 ハーキュリーは妹を思って慎重に言葉を選んでいるのであって、事実は酷いものだったろう。

 何しろ、隠せば済む死体をわざわざ公開しているのだ。それは“警告”だった。



「次はピーコックだね」

「はい」

「あれは、君が解読用の棒を持ち帰ってしまったところだね」

「はあ、わかるような気もします、スイマセン」

「いや、マウントサンデン小候夫人、その優しき性格ゆえのやむを得ぬことだよ。ハイヒールのご婦人が転ばないようにと拾ったのだから」


「ピーコックの暗号は、セクション・アイが仕掛けた罠だ。

 マルグリッド姫排斥派上部からの伝言に見せかけた偽の暗号を受け取らせ、植民地料理と酒の店・ピーコックに排斥派を集合させ、まとめて拘束しようとしていたのだ。


 淑女の化粧室に棒が放置されていたのは、伝言を読み取ったのが女性だったからだね。その女性はホールに入った後にテープを受け取った。棒は化粧室にあると耳打ちされ、暗号を読んだ。棒は放置して、テープだけを持ち去ったのだ。そこへ思いがけなく君が現れ、ジェントルマン精神を発揮して棒を持ち帰ってしまったのだね」


 シャーロットが棒を拾ったところを見て驚いたアイの職員は、直ちにマウントサンデン卿に報告した。卿はこれを逆に使い、用意していた予備のテープをシャーロットのポケットに入れさせ、兄妹に口止めすることにした。



「そうでしたか、兄上と私は目立ちすぎたのですね」

「ああ、そうだ。ちょっと引っ込んでいてほしいということだね」

「それで、わざわざテープを騎士服のポケットに入れて、持ち帰らせた」

「そうだね。実はあのクリプトグラムは二重になっていたのだ。

 暗号部分でピーコック酒場を示し、文章で17日、7時から8時の間に、店主にキドニー・パイを注文しろ、それが合言葉だ、と知らせていた。表と裏を合わせて完全なクリプトグラムとなっていたのだ」

「そうでしたか。正直に言いますが、全く気が付きませんでした」

「わざわざ公爵が“行くな”と警告に来たのだ。わが妹には安全であってほしかったから、そこは言わないでいた、気を悪くしないでくれたまえ」

「ええ。気が付かなかったわたくしの知恵も、クリプトグラムとおにいさまの行動と関連付けようという考えも足りなかったのです。責めたりしませんわ」

「いや、悪かったとは思っている」


3番目の暗号:

この形式は、ボイジャー1号が旅に出るとき持って行った、異星の知的生命体へのメッセージ、男女の人型、太陽などを描いた点描の絵として採用されました

参考文献: COSMOS、著者・カール・セーガン


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