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12/15

12.ジャージー種になさいますか、エアシャー種になさいますか

R15はこの部分です。新婚の夫がのろけております

 あと2週ほどで社交シーズンが始まろうとしているその日、シャーロットは居間で兄嫁となったミリセントとお茶の時間を過ごそうとしている。

「ミリー、お疲れさま。大変よねぇ」

「いえ、姫さま」

「だめよー、ほら言い直し」

「あ、はい、すいません。シャロ」

「そうよ、間違わないのよ。兄嫁から姫と呼ばれるなんて」

「長年の習慣ですので、つい」

「わかるけど、やめて、お願い。子爵夫人って呼んじゃうわよ」

「それはどうぞお許しください」

「うーん、早く敬語も直しましょうね」

「はい」


「それで、おなかのお子は元気?」

「わかりませんけど、たぶん。異常は感じません。まだ宿ったばかりですし」

「そう、まあ、大丈夫でしょう、しばらく安静にね。

 でも、兄上も鬼畜よねぇ、新婚旅行って何? 2週間も別荘に引きこもってやりたい放題じゃないの。よく体が持ったわねぇ」

「いえ、もう、途中から精神力だけでした」

「そうよねぇ、こうなるとミリーが再婚でよかったわよ、あの性欲魔人」

「はあ、まあ」


 軽いノックとともにハーキュリーが入室してきた。つやつやしている。

「あ、来ましたわ。 性欲魔人」

「妹よ、兄に対して何たる暴言。よろしい、ロバートに新婚旅行についてじっくり教えておこう。夫が性欲魔人で何が悪い。おかげでささっと子を持てるではないか。善は急げと前世でも言っていた」

「新婚旅行なんて聞いたこともありませんわ。結婚披露の宴のあと、ウエディングドレスを着替える暇も与えないで抱き上げて馬車に乗せ、呆然としている花嫁を膝に抱えたまま笑顔で手を振って別荘に行ってしまったのは誰ですか」

「問題ないだろう? 結婚したあとだ」


「翌朝、花嫁の様子をうかがうこともできず、どれほど心配したか。

 おかあさまなんて、あのアホ息子、領民に熱愛を見せつけるとか何とか、やりたい放題なだけじゃないの。ああ、屁理屈で勝てないわが身がつらい、ミリー無事でいて~と、嘆いておられましたし、父上はだたもう苦笑いで場を濁すだけで、野暮はやめておけと言って、だれにも様子を見に行かせませんし」

「心配は私がするからいいのだ。ね、愛しの妻よ」

「はい、まあ、そういうことで構いません」

「ミリーー、本当にいいの、言いたいことは全部言うべきよ!」

「まあ。食事から入浴、着替えも洗濯も、全部ハリーがやりまして。私は横になっているだけでしたし」

「いや、時々抱き起していた」

「ええ、まあ、確かに。抱き起したと言えばその通りですけど」


「聞いたか、すぐに同じ目に合う妹よ」

「はあ」

「マウントサンデン侯爵家から婚姻の申し込みがあっただろう」

「ええ、まあ」

「ふん、ロバートに会うのが楽しみだ。じっくり新婚の心得を聞かせよう。

 今のミリーは、半年後の君の姿だ、よく見ておきたまえ」

「はあ、そうですか。 ミリー……」

「諦めてください、シャロ」

「……」

 珍しく返す言葉を思いつかず、言い負かされたシャーロットは、結婚について考え直した方がいいかどうか悩み始めた。だが、すでに手遅れだ。せいぜい乳母娘から経験談を引き出して心構えをしておくのがいいかもしれない。



 お茶の準備が整ったようで、メイドがワゴンを押して入ってきた。一礼して茶器をセットする。

 執事が満面の笑顔で入室してきて、メイドを壁際にさがらせ、お茶のポットを持った。

「若君、おめでとうございますと申し上げるのは早いでしょうか」

「いや、いいよ。大丈夫だ、内々にしてもいられないだろう」

「はい、お喜び申し上げます」

「兄上、妊娠初期には流産もよくあると聞いています。あまり大きく触れ回っても事情によっては姉上が傷つきます」

「ああ、わかっている。でも仕方がないよ、この場合は。社交シーズンに妻を連れて行かないとなれば、それなりの理由がいるのだ。新婚の妻が妊婦だとなれば、誰も非難できないだろう?」

「あ、それがありましたね」


「若君、奥さま、姫君、お茶になさいませ」

「あ、そうね、お願いするわ」


「本日のお茶は、アッサムでございます。ジャージーとエアシャーをご用意しましたが、どうなさいますか」

「そうだね、奥方にはミルク・ティーを差し上げてくれるか。エアシャーでよかろう、量を多めにね」

「はい、すぐに」

 メイドに目配せすると、一礼してミルク・ティーを準備しに行った。

「私はジャージーを」

「わたしもそうしよう」

「はい」

 執事はにこにこしながら確かな手つきでお茶を注ぎ、ガラス製の小ぶりなピッチャーに、軽く温めたミルクを注ぎ分けてティーカップの傍に置いた。


「今日のお菓子はなにかしら」

「はい、ファッジとナッツ・クッキーでございます」

「あら、ありがとう」

 お菓子をセットしているうちに、メイドがシルバートレイにマグカップのホット・ミルク・ティーを乗せて来て、執事に目で確認してからミリセントの前に置いた。

「ありがとう」


「さあ、ここはもういいよ、君達もお茶にしたまえ」

「はい」

 執事とメイドは、一礼して下がっていった。



「妹よ、準備はできたね」

「ええ、問題ありませんわ」

「次にここに帰るのは、何年もあとになるかもしれない。みんなに挨拶も終わっただろうね」

「はい、はっきりとお別れとは言いませんでしたが、幼い頃の思い出を話してあの頃からずっとお世話になっていますね、というような話し方にしております」

「ああ、それでいいよ。みな察しているだろう」


「ええ、まあ。年齢も年齢で、そろそろ嫁に行けという向きもありましょうし」

「いいえ、シャロ、誰もそのようなことは思っておりません。

 美しい姫君を他家の男に渡すのは心残りだと、いっそこのまま領城に立てこもってくだされば、と思っております」

「おねえさま、ありがとう。こちらのことは幾重にもよろしく。ケンカをしても帰るところがないのは困ります」

「シャロ、いつなりともお帰りになって。お待ちしています」


「これこれ、ふたりとも、何を喧嘩別れ前提の話をしているんだね。

 ロバートがけしからぬ行いに走るようなら、妻たるおまえよりも、私が知る方が早いと思いたまえ。その時はまず妹を取り戻して、カイゼリア騎士団で侯爵家ごと地上から消す。それからゆっくり領城に帰る。その時はモンテアルコン家の全奉公人が一緒だ。ひとりたりとも帝国には残さぬ」

「まあ、ハリー。カイゼリアの魂を見せるチャンスですわね」

「そうだとも、吐息すら甘い我が妻よ」


「あらあら、わたくしは夫婦げんかもできませんのねぇ、国が傾きますわ」

「傾くのではない、祖父殿は百年の計とおっしゃったが、百年を待たずに滅びるのだ。姫を侮られて黙っているカイゼリアの民はひとりとしておらぬ」

「はいはい、わかりました。その時はよろしくお願いしますね」

「任せておきたまえ。再びカイゼリア公国の公女殿下としてその美しさですべてを魅了するがよい」

「はあ、そのお役目より、侯爵夫人の方がまだ楽そうですわねぇ」


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