もしもTS洗濯機があったなら
「故障中っておばちゃん、この洗濯機何が壊れてるの?」
いきつけのコインランドリーの一角に置かれた洗濯機に貼られた紙を見て俺は尋ねた。
「あぁ、それで洗うといつの間にか中身が入れ替わっちゃうんだよ」
「入れ替わる?」
「そう、男の人がパンツ洗ったら女の子のパンテーになっちゃったのさ」
「な…」
「他にもランニング洗ったらほれ、胸にパッドがついた女の人の下着あるじゃろ?あれになってたとか」
「マジか…」
「捨てるにしてもお金もかかるし、重いからここに置いとくんじゃ」
ランドリー管理人のおばあちゃんとの会話は、確かこんな感じだった。見た目はごくごく普通のコインランドリー。そんなマジックアイテムが置いてあるようには見えない。その話を聞いた俺はいてもたってもいられず、そいつに自分の服を入れてみた。
「今日の洗い物はパンツとシャツとズボンと靴下か…」
おばあちゃんの話が本当なら、30分後に俺は女の子の服を手に入れる。はやる気持ちを抑えてコインを投入する。
「…動いた!」
あとはいつも通りピッピと操作すると水が出て洗われていく。少し古い型なのか、洗ってる様子をうかがい知る事はできない。30分後、音楽が鳴り止まないうちに扉を開けると俺は目が点になってしまった。
「マジかよ…」
そこにはパンティとブラトップのタンクトップ、細身の女物のズボンと刺繍の入った薄手の靴下があった。
「嘘だろ…」
どれも濡れているので洗ったのは間違いない。そっと匂いを嗅ぐと女の匂いがする。
「やべ…」
こうなると良からぬ考えを思いつく。俺はケータイを片手に帰宅した。
1時間後。
「こんな時間に呼び出してなんだよ」
「わりーわりー、ちょっと頼みがあって」
俺は1番のダチ、加藤を呼び出した。こーゆーバカな事でも信じて付き合ってくれるから。…理由はそれだけじゃないけど。
「頼みって?」
「実は…」
俺はおばあちゃんに聞いた話と事の顛末を口早に説明した。
「マジかよ…信じらんねぇ」
「だろ?でさ、試しに俺が入るからお金入れて回してくんね?」
「はぁ、バカじゃないの?」
「いや、もし女になったら面白いじゃん」
「確かにw」
「じゃあよろ」
「おう、30分後に」
お金を渡すと俺は洗濯機に入り込む。中は意外と狭い。蓋が閉められ、チャリンチャリンとお金を入れる音が聞こえる。そして。
「うぉーっ!」
洗濯機が動き出す。熱い。50度くらいの熱湯だろうか。水で洗うより汚れは落ちるんだろうが生身の人間にはきつい。しかも逃げ場がないと来たが耐えるしかなかった。やがて注水が終わったかと思うといい匂いがして回転し始める。
(あー…俺洗われてるんだな…)
洗剤の匂いと熱さと回転にやられ、俺の意識は次第に落ちていった。
「しろ、生きてる?」
気がついたら洗濯機を覗き込む加藤の姿があった。
「ん…あぁ、生きてるよ」
「しろ、お前声変だぞ?」
「どんな?」
「高い」
「はは、洗剤でも飲んだかな」
ぼーっとする頭を抑えると、手の感触が違う。
「え…」
「どうした?」
「髪、長くね?」
「悪い、外からじゃよく見えない」
「んじゃ、出てみるか」
狭い洗濯機の中で体勢を整えて外に出ようとするが、入った時より狭いしお尻が重い。濡れたからかなと思いつつよっこらしょと外に出ると、目を見開いた加藤がいた。
「しろ、女になってるよ」
「え?」
「胸あるし髪長いし」
「マジか」
「ほら」
加藤が撮ってくれた写真には見まごう事なき女がいた。胸はDくらいだろうか。細身のくせにお尻も大きい。狭くて重くなったのはこのせいか。
「やべ、成功だわ」
「成功って、どうするのさ」
「…加藤、俺、お前と付き合いたい」
「は?」
「いや、前言ってたじゃん。うちら男と女なら結婚してもいいって」
「まぁ…な」
「ということでよろしく」
「あ、あぁ…」
握手を交わすものの、加藤は目の前で起こったことに戸惑いを隠せないでいる。無理もない、つい30分前まで男だったダチが女の子になってしまったのだから。
「ちと渡したいものあるんだけど」
「何?」
「これ」
そういうと、俺はわざわざ家に帰ってまで取ってきたものを差し出す。
「これって…」
「婚約指輪。あと婚姻届にサインよろしく」
「はえーよw」
「準備がいいだろ?」
加藤は苦笑しながら受け取る。
「名前、変えるの?」
「せっかく女になったからね。可愛くね?」
「うん、可愛い」
妻の欄に書かれた見覚えのある名前。俺がSNSでずっと使ってた名前だ。
「手続きあるからすぐには変わんないけど、よろしくな」
「うん、改めてよろしく。しろ…ちゃん」
「うわ、加藤、何?赤くなってやんのw」
「なんかちゃん付照れるwそーゆーしろちゃんもニヤニヤしてるし」
「あ、わかる?w」
「わかるw」
「だって嬉しーじゃん、女になって結婚できるんだし」
「だね」
「あのさ…」
俺は視線を落としてモジモジしてしまう。言いたいことがあっても言えない時はいつもこうなってしまう。
「どした?」
「指輪…」
「あ…」
加藤はいい意味で気を使わない。普段はそれでいいんだけど、こういう時はちゃんとして欲しい。
「はめて…?」
「しろちゃんから俺に?」
こくん、と頷く。これは俺から加藤へのプロポーズなんだもん。
「どう?」
「ピッタリだよ、ありがとう」
「うん…」
そうじゃないんだよ、とちょっとだけ拗ねる。
「今度、しろちゃんのも買いに行こう」
「…いいの?」
「うん、これからよろしくね」
「こちらこそ」
嬉しくて多分ここ1番の笑顔を見せる。相性がいいのはわかっていたし、長い付き合いになると男同士の時も感じてた。けど、男女の関係で生涯を共にすると思うと比べ物にならないほど嬉しかった。心から信頼できる、正真正銘のパートナーになれるのだから。
「へぶしっ!」
せっかくのいい雰囲気なのに俺はくしゃみをしてしまう。さすがに全身濡れたままで冷えてきた。
「とりあえず帰って乾かそう」
「うん。あー、寒くて風邪引いたかも。フラフラするー」
棒読みでふらついたふりをして加藤の腕にしがみつく。今まではなかったふわふわしたものをめいいっぱい押し当てて。
「ちょw」
「好きでしょ、こーゆーの。おうち帰ったらあっためてね」
「はいはい、わかりましたよー」
こうして俺は女の体になって大好きな人と生きていく。
この話が広まったら、このコインランドリーは大繁盛するだろうな…と思いつつ、当面は2人だけの秘密にするつもり。あー、これから毎日忙しいだろうなー。だけど…加藤となら乗り越えていけると思う。心から愛した人だから。