After:最終話
ドンドンと乱暴に扉が叩かれ、レオンは大急ぎで扉を開いた。
「……姫様、そうやって乱暴に扉をノックするのは、淑女のすることじゃないですよ」
訪ねてきた人物を見て、レオンはあきれたようにそう口にしていた。以前から思っていたのだが、ステラには落ち着きというものが足りていない。そこが改善されるだけでだいぶ王族としての威厳が出てくるだろうに。
「……お義兄さま、昨日ミハエルにしていた話は本気ですか」
「昨日の、話?……ああ、本気だよ。————本気で国を変えたいと思っている」
「その夢にはどのくらいかかりますか」
そこまで聞いて、レオンはなぜステラが自分の部屋を訪れてきたのかが理解できた。ステラは政治などに興味があるタイプの王族じゃない。かと言って権力にも興味がない。彼女が興味を持つものというのは、一つの軸があるのだ。そこから考えるに、
「……ミハエルに振られたのか」
「ちっ、違います!……ちょーっと帰るタイミングじゃないって断られただけです!」
レオンの冷静な言葉を、ステラは顔を真っ赤にして否定した。その様子はレオンからすれば図星にしか見えなかったのは言うまでもない。
それを隠したいがためか、ステラはそのまま前のめりで話を無理やり戻した。
「で!どのくらいかかるものなのでしょうか!」
「短くても二年。……国の上層部の反応次第じゃ、もっとかかると思います」
正直な話、口にしたのはかなり希望的な観測だ。まだ世情を知らない国の上層部、特に国王などはあまりいい反応をしないとレオンは予想していた。だからステラには言えないが、最悪武力で国を乗っ取る計画も立てていないわけではなかった。
「————では、私がお父様を説得すれば一年くらいには縮められそうですね」
「ええ、……ええっ!?————姫様が“直接”関わるつもりなんですか!?」
ステラが告げた言葉にレオンは大いに驚いた。ミハエルに振られて、てっきり彼を国に連れ帰るために自分をこき使う算段を付けに来たと思っていたためだ。彼女自身がそんな風に直接計画に加わってくれるとは夢にも思っていなかった。
「そろそろ、私も王位を継ぐべき年齢になってきましたし、お父様には退位してもらおうかと」
さらりとステラはとんでもないことを口にした。自分の父から王位を奪い取ると言っているのに彼女は気づいているのだろうか。
「では、お義兄さま、計画について話していただけませんか?……帰国してからでは話もできないと思うので」
レオンは頬が引きつる感覚がした。自分の弟はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。
————そこから一時間ほど、レオンはステラに計画の根掘り葉掘りを聞き出された。
***
翌朝、朝食を軽く済ませると片付けをしていたアッシュのところへアリシアがやってきた。
「アッシュ、私は魔水晶が動作確認もかねて一緒について行くから。とはいってもすぐに戻ってくるけどね」
「ああ、わかった。……すまんな」
「?……どういう意味?」
きょとんとした顔でアリシアが聞き返してきたので、なんでもないとアッシュはごまかした。まさか、自分に気を使って帰国の見送りまでやってくれると勘違いしたなんて、恥ずかしくって言えなかったのだ。
「お姉さまぁ!ちょっと荷物をまとめるの手伝ってくれませんかぁ?」
二階からアリシアを呼ぶステラの声が聞こえてきた。
「呼ばれてるぞ。……というか、荷物なんかあったか?」
「うるさいわね、いろいろプレゼントしたのよ。……ちょっと手伝ってくるから、片付け終わらせてちゃんと見送りに来るのよ」
アリシアはそれだけ言い残して、二階へ上がっていった。
その様子をアッシュは少し意外そうな目で見つめていた。ステラが妙になついているのもそうだが、アリシアがまんざらでもないのがひどく意外だった。屋敷にいる間は一緒の部屋で寝ていたのだから、なにかしらの出来事があったんだろう。
「この数日、お世話になりました」
「気をつけて帰るんやで。まあ、転移するんやから気を付けるも何もないんやろうけど」
「そんなことないですよ。なんでも気を付けるに越したことはないですから」
玄関でリッキーを両手に抱えてレオンが和やかに会話していた。
多少の荷物が足元に置いてあるが、持ってきたもの自体がほとんどなかったため、屋敷で調達したものだけなのだから当たり前だろう。それもあって、レオンはかなり早めに玄関に来ていたが、ステラの方はアリシアを呼んだあともなかなか下りてこなかった。
そんなこんなで玄関で駄弁っていたわけだ。
「二人とも遅いな。ちょっと見に行ってみるか」
二階から足音が聞こえてきたのは、そうアッシュが口にした時だった。階段を下りてくる足音も聞こえてきたので、待っていると大きなカバンを抱えた二人が現れた。
「遅いと思ったら、そんな荷物どこから出てきたんだよ」
「レディにはいろいろあるのよ」
「そうですよ!レディにはいろいろあるんです!」
遅れてきた二人の反撃により、なぜかアッシュが悪者になっていた。この場では指摘した自分が悪いのだろうと、アッシュはあきらめた。屋敷内のヒエラルキー的にアッシュが勝てることなどないのだから。
「みんな揃ってるようね」
「では、国に帰りますわ」
「と、その前にお二人に渡しておきたいものがあるの」
アリシアがどこかから取り出したのは、木彫りの人形のようだった。リッキーの形を模しており、あまりに精巧な出来なため、不器用なアリシアが手彫りしたものではないだろう。それをなぜか三体持っている。
「二体はお二人に。……それが魔水晶の転移用マーカーになるから、それを置いたところには好きに転移できるわ」
「まあ!それは————」
「こっ、こんな素敵なものをいただいていいんですか!」
ステラが受け取ろうとしたリッキー人形を、感激したレオンが横から奪い取った。そのまま本物と並べたり、撫でたりなど好き放題にいじっていた。
レオンのそんな様子を見たことがないであろうアリシアとステラはドン引きしていたが、アッシュの興味はほかのところにあった。
「なあ、残りの一体は俺のやつ?」
「……そんなわけないでしょう。これは屋敷に置いておく用。ここに置いておけば好きな時に遊びに来てもらえるじゃない。……それにあなたは持っておかなくても屋敷にずっといるでしょう」
「ああ、……そうかもな」
アリシアの中でアッシュが屋敷からいなくなるなんてことは想定にないらしい。
「では、また遊びに来ていいんですね!」
「ええ、好きな時に遊びに来てちょうだい」
朗らかにアリシアが笑うと、ステラがぎゅっと彼女に抱き着いた。
「短い間ですがお世話になりました。また遊びに来させていただきますね」
「リッキーさん、お元気で。……ミハエルも健康に気を付けるんだぞ」
そう言って、名残惜しそうに二人は国に帰っていった。
アッシュたちはその後、北の王国で起きた変革については知らない。結局、月に一度程度遊びに来るようになったステラとレオンの二人も特に口にしなかったからだ。
彼女たちの変革がどうなるかはわからないが、北の王国の歴史に残るような大きな出来事であったことには違いない。
なお、北の王国の変革とは全く関係ないが、ステラが一つ大きな置き土産を残したおかげで、アリシアの屋敷内でもほんのちょっとの変化が起きるかもしれない。————その置き土産というのが
「お姉さま、私、負けませんから」
屋敷に戻る寸前、アリシアに伝えたそんな一言。
アリシアがその意味を理解できたのかは、本人しか知らない。




