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After:第12話

 翌日の屋敷は不思議なほどに静かだった。それもそのはずで、屋敷にはアッシュしかいなかったからだ。朝食の時に、アリシアが薬草採りに行くという話をしたところ、ステラとレオンが雪国の植物に興味があると言い同行することになったため、アッシュはおとなしく留守番することになった。

 とはいえ、この二日間は客人がいたおかげで出来ていない家事もあった。このタイミングで一気に消化できるので、アッシュとしてはうれしい部分も少なからずあった。

 そんなこんなで溜まっていた家事をやり始めると集中してしまい、アッシュはノンストップで夕方まで働いていた。

 それから夕飯の支度、大浴場の準備やらのいつもの家事が終わるころには、くたくたになってベッドに倒れこんだ。

「つっかれたぁ~」

 家事自体にはかなり慣れてきたアッシュだったが、自分でもわかるほどに今日の働きはオーバーワークだった。ある意味、本人の自業自得なので文句は全くなかったが。

 どうせ明日の朝も早いのだから寝てしまおうとアッシュが頭の隅で思った時、コンコンと控えめに扉がノックされた。その音で眠りかけていた意識が戻ってきた。

「ん~、……はいはい」

「こんな時間にごめんなさい、ミハエル。……すこし、お話しできる?」

 扉を開けるとそこに立っていたのはステラだった。彼女は日中の元気な姿ではなく、伏し目がちのおとなしい様子だった。

 アッシュはその様子から大事な話なのだろうと思い、そのまま部屋の中へ入れた。ステラを椅子に座らせると、自らはベッドに腰かけてステラが口を開くのを待ったのだが、彼女は伏し目がちなまま何も言わなかった。

「……ステラ、なにか話があるんじゃないのか?」

 このままでは埒が明かないとアッシュが先に口を開いた。それでようやくステラも決心がついたのか、顔を上げて

「————必要な魔力が明日の朝には溜まるそうで、昼にでも国に帰ろうと思っています。……だから、その前に、ミハエルにいろいろ聞いておかないといけないことがあります」

 そう口にするステラは緊張しているようで、右手はずっとアッシュがプレゼントした左手のブレスレットを握りしめていた。それはアッシュにも伝わっており、彼も緊張してきてしまって、その結果なんだか妙な緊張感がある空間が形成された。

「その、聞いておかないといけないことって————?」

 アッシュが問いかけると、ステラはすぅっと息を吸った。息を吸って、心を落ち着けたうえで発しようとしているのだ。

「ミハエルは、……子供のころにした約束を覚えていますか?」

「忘れるわけがない。『俺は最高の騎士になる。ステラは素敵な王女様になるんだ。そしたら、ずっと一緒にいられる』————そう約束したよな」

 アッシュがまだミハエルだった時にした約束、彼はその一言一句も忘れてなどいなかった。それだけでステラは涙が溢れそうになったが、ぐっとこらえて次の言葉を紡いだ。

「ええ、そう約束しました。……あの時の約束、守ってくれるでしょう?ミハエル。————一緒に国に帰りましょう」

 あくまで冷静にステラはアッシュの部屋に来る前に考えてきた言葉を口にした。こういう言い方は意地悪で、言うだけで胸が苦しくなるがこういう言い方をしなければ彼は本音を言ってくれないこともわかっていた。

「……帰れない」

「どうして?」

「初日にアリシアが断ってただろ。アリシアは俺の雇用主?だから、あいつが断ったなら俺には選択権はないよ」

 ステラはアッシュがそう答えるのがわかっていた。彼は優しいから、そういえば私が傷つかないと思ってそう言うだろうと。だから、それの反論だってもう考えてある。

「それは嘘です。お姉さまはミハエルが望めば帰ることを認めてくれるでしょう。……だから、あなたが望めばいいだけの話です」

「それは、そうかもしれない。……だけど、俺自身がそれを望んでいないんだ。あの国に帰りたいなんて思わない。……約束を破ることになっても」

「……やっぱり、そう、……ですよね」

 そこでステラの瞳から涙が一筋こぼれた。自ら望んで聞いたこととはいえ、アッシュの本音はステラにとっていろいろな意味で心を抉るものであった。だが、彼がそう思う理由のことを知っていたので、理解できることではあった。

「ごめん、そんなつもりじゃ……」

「いえ、大丈夫です。……ミハエルの気持ちはわかりました。“今は”帰りたくないんですよね。……ねえ、ミハエル」

「……なんだよ」

「今は帰ってこなくてもいいです。でも、もしも私が治める国がもっといい国になっていたら、————帰ってきてくれますか?」

 その問いかけにアッシュは言葉を詰まらせた。ステラは“今は”と前置きをしていたが、それでもまだ気持ちが揺らがない。だが、彼女が治めることで国が変わるならそれを見てみたい気持ちも少なからずあった。だからだろうか、少し時間を置いて発した答えは本人も思いがけないものだった。

「わかった。その時は帰る。……かもしれない」

 最後の最後に残った理性が言葉を追加させたが、自分でもそんなことを言うなんてアッシュは驚いていた。ステラの強い思いがそう言わせたのか、それともアッシュの中にかすかにでも残っていた心残りが言わせたのか、おそらくは前者だろう。

「————それが聞ければ満足です。こんな時間にお邪魔してごめんなさい。そろそろ帰りますね」

 ステラは、ほんの少しだけ表情を緩めると椅子から立ち上がった。

「あっ、ちょっと」

「ミハエル、おやすみなさい」

「……ああ、おやすみ」

 出ていく前になにか声をかけようと思ったアッシュだったが、なにをいえばいいか思いつかず、そのままステラが部屋を出ていくのを見送った。


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