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第二話

「今からはうちで生活する以上、そんなみっともない恰好はしないで頂戴。……それにあなた、何日も体を洗っていないでしょ。言いにくいけど、臭うわ」

 いまだ床に転がっているアッシュに対して、辟易とした様子でアリシアが口にした。

 盗賊団が男所帯だったせいで、そこに長くいたアッシュも小汚い状態に慣れてしまっていた。それがアリシアには耐えがたいものだったらしい。

「わかった。着替えと近くにある川を教えてくれ。きれいにしてくるから」

「川は少し距離があるわ。あなたが入ってきた資料室の隣がお風呂だから、そっちで浴びてきちゃいなさい。着替えの服はリッキーに持っていかせるから」

 その言葉にアッシュは驚いた。

 風呂なんてものがこんな屋敷にあるなんてことが珍しかったからだ。アッシュ自身は過去の経験から水浴びなどで体を清めることが多いが、一般的には布で体を拭くことが多い。そんな中で風呂なんて酔狂なものを設置する人間は多くない。そんなもの好きは王族やそれに近しい貴族くらいなものだろう。さすがは魔女といったところか。

 わかったと一言だけ返事をし、言われた通り風呂のある部屋に向かった。

 中には、脱衣所とバスルームがあり、バスルームの壁には2つのハンドルとどこかの国の土産で見た蓮の花に似た金属が上からこちらを見下ろしていた。

 ハンドルの片方には赤、もう片方には青色が塗られており、ひねると蓮の花から水が出てきた。どうやら赤いほうが熱湯、青いほうが冷水を出すハンドルらしい。

 構造がわかったところで、文句を言われないくらいきれいに体を洗った。

 脱衣所にはいつのまにやら着替えが用意されており、着てみるといい香りがして妙な気分になった。

「……そうだった。最悪だ」

 服を着替え、鏡に映った自分の姿を見て、アッシュは悩ましげな声をあげた。

 薄汚れた体がきれいになったことにより、彼本来の真っ赤な髪の色があらわれてしまったからである。

 北の王国において、赤い髪は特別なものであり、彼を縛る鎖でもあった。盗賊団にいる間は、髪の色をごまかすためにもわざと汚していたのだが、ひさしぶりの風呂で調子に乗ってきれいにしすぎてしまった。

 アリシアがこの髪の意味を知っているかは不明だが、髪を汚せばまた電撃を食らう羽目になってしまうだろう。それに利用されるなら、それもそれでしょうがないのかもしれない。

 半分あきらめの気持ちで、アッシュは脱衣所を出た。


 廊下に出ると、アリシアが待っていた。

 彼女はアッシュの姿をまじまじと見ると、納得したように大きくうなずき、

「うん、なかなかいいじゃない。私の目に狂いはなかったわね。そのきれいな赤い髪もよく似合ってる」

 なんて邪気なく褒めて見せた。

 アリシアとしては当然の誉め言葉だったのだが、アッシュにとってはそうではなく、

「……って、あなたなんで泣いてるの!?」

 驚愕の声を聞いて、頬を触ったことでようやく自分が泣いていることにアッシュは気が付いた。

 赤い髪は彼にとって呪いだった。逃れられない宿命だった。この髪を褒める人間は、彼に近づこうとする者や利用しようとする者だった。ゆえに赤い髪を隠したのだ。それを素直に、手放しで褒められたことが彼にとってあまりに大きな衝撃だった。

「す、すまん。……この髪は、両親から受け継いだ、大事な髪なんだ。だから、————ありがとう」

 その言葉はアッシュにとって完全な本音ではなかったが、嘘でもなかった。だからか、アリシアも特に追及することはなかった。

「……そこがあなたの部屋だから。置いてある家具は好きに使いなさい」

 アリシアは風呂の対面にある部屋を指さした。

 刺された部屋を確認しようと、アッシュが扉を開くと最低限の家具だけが置かれた殺風景な部屋があらわれた。

 好きに使えと言われたところで使うものがないじゃないかと思ったが、さすがのアッシュも口にはしなかった。

 部屋の説明ののち、アリシアは部屋を出ていったため、部屋に一人残されたアッシュはベッドに横になり、天井を見上げていた。

 心の中にあったのは、この状況への不安とほんの少しだけの安心だった。

 魔女の屋敷と聞いていたが、家主のアリシアは魔女というにはあまりに人間らしい人物だった。そのおかげで大きな不安感があっても、なんとかやっていけそうな感覚がしていた。

 横になった状態でいろいろ思案していたが、様々な疲れからかいつの間にかアッシュは眠りについていた。


「おい!起きろ、新米!」

 うっすらとした意識のアッシュの顔をなにかがぺちぺちと叩いていた。

 寝ぼけたアッシュが振り払うと、こぶし大の大きさのなにかが地面に転がった。

「イテッ!……てめぇ、なにするんや!!」

「ヴォファッッ!!」

 突然強い衝撃がアッシュの腹部を襲った。

 寝ぼけていた頭も衝撃で覚めてしまい、体を起こした。

「なんだよ、朝っぱらから。こっちはあんまり寝てないんだよ」

「知っとるわ!わしも寝てないんじゃ!ボケナス!」

「グヘッ!……いい加減にしろよ!」

 リッキーがまた石になって腹の上にのしかかってきたものだから、反撃でリッキーを壁に投げつけた。ドンドンという音をさせた後、リッキーは地面に転がった。

「そっちこそ、ええ加減にせいや!……あんまり遅いと姉さんに電撃流されるで!」

「はい!起きた!起きましたよ!ちゃんと」

 電撃は食らいたくない一心で、アッシュは眠っている体を無理やり起こした。それを見て、リッキーが腕を組んで頷いているのできちんと理解したようだった。

「起きたんなら、はよう姉さんのとこへ行くで」

 リッキーは器用に扉に上ってドアノブにぶら下がると、体を振って扉を開いた。

 開いた扉から先にリッキーが飛び出していき、続くようにアッシュも部屋を後にした。


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