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最終話

「はあ、ようやく、やんでくれたみたいね」

 洞窟から顔を出したアリシアは、目の前に広がっている真っ白な世界にため息をついた。北の王国の次にやってきたこの国では、この光景が当たり前らしいがまだ数日しか住んでいないアリシアからすればまだまだ慣れない光景でしかなかった。

「————リッキー!……って呼んでも来ないわよね」

 叫び声は洞窟に響くばかりで、返事は帰ってこない。

 昨日、薬草を取りにでたところ、運悪く吹雪いてきてしまい、仕方なく洞窟で夜を明かすことになってしまった。まだ住み始めの土地で土地勘がないため、現在地が屋敷から近いのか遠いのかすらあやふやだ。なので、とりあえずリッキーを呼んでみたのだが、さすがの彼でもここまでは迎えにこれなかったようだ。

 転移しようにも場所がわからなければいけない。こういう時には隷属の腕輪の感覚を頼りにして転移することもできたのだが、アッシュのものと同様にリッキーの腕輪も壊してしまっていた。おかげでその手も使えない。

「仕方ない、歩いて探しましょうか」

 楽をするのをあきらめて、地道に足で屋敷を探しに出ようとしたとき、外の雪がくねくね細い線を描いて盛り上がっていくという奇怪な現象が発生していた。

 盛り上がりはだんだんとアリシアの方に近づいてきており、洞窟の前まで来ると止まり、なにかが飛び出した。

「姉さん!姉さん!!姉さぁあああん!!」

 叫び声とともにリッキーが抱き着いてきたのだ。

「きゃあ!?」

 かわいらしい声とは裏腹に、反射的に振るわれた右手は空中のリッキーにクリティカルヒットして、洞窟の壁へとすさまじい叩きつけた。

「いっ、いたい」

「ごめんなさい!つい、反射で……」

 大急ぎでアリシアは壁にたたきつけてしまったリッキーを拾い上げると、その冷たさに驚いた。まるで氷でもつかんでいるような、生を感じない冷たさだったからだ。

「リッキー、あなた……、まさかずっと探していたの?」

「はい!吹雪がやんでからずっと走り回ってました!そしたら、声が聞こえたんで、走ってきました」

「あきれた。……あんまりそういうことしないの」

 そう言いつつ、リッキーの冷たくなった体を温めるようにアリシアは自身のコートの中へしまい込んだ。

「じゃあ、帰りましょうか」

 コートの中で温まっているリッキーの案内に従って、ぎしぎしと雪を踏みしめてアリシアは帰路についた。


 屋敷の玄関を開くと、中から暖かい空気が流れ出てくる。雪の中で冷え切った体がじんわりと熱を帯びていく。

「ただいま」

「ただいま、帰ったでぇ~」

 帰宅の挨拶をしたが、返事はなかった。家の中がこれだけ暖かいということは彼もいるはずなのだが、あいにく聞こえていないようだ。

 玄関から廊下を右に曲がり、ダイニングの方へ向かうと人の気配がした。周囲にはなにやらいい匂いも漂っているので、調理場で料理をしているらしい。

「アッシュ?」

「おわぁっ!?……びっくりしたぁ。帰ってたならちゃんと言えよ」

「ちゃんと言ったわ。あなたが聞いていなかっただけじゃない」

 軽口をたたきながらも、料理中だということでアッシュは手元から目を離さなかった。最近は近くの街で地元の料理を習って作っていることが多いのだが、今日もそうらしい。

「夜になっても帰ってこないから、先輩が心配してたんだぞ。吹雪だったから止めたけど、やんだらすぐ出てっちまうし」

「バカッ!アッシュ、そういうことはいうもんやない!」

 字面では怒っているようにみえるが、リッキーは妙に楽しそうだった。最近は引っ越しやらもあり、いろいろとバタバタしていることが多かったので、こういう会話自体が少なかったからだろうか。

「ねえ、————アッシュ」

「見ての通り、準備中だ。もうすぐできるから、その間に風呂でも入ってこい」

 食欲に耐えられなくなったアリシアをいさめた。一日食事をとらなかったアリシアの視線は作り途中の料理でも手を出さんばかりだった。

「仕方ないわね。……そういえば、アッシュ」

「なんだ?」

「なんでアッシュのままなの?あの国ではアッシュを名乗っていたけど、引っ越したのだから、名前を変えてもよかったのに」

 燃えかす(アッシュ)という名前は、彼の心情を現したものだとアリシアは認識していた。そして、おごりではないが、今の生活を始めて彼の心情も少しながらは変わっていると自負していた。ゆえに、このままアッシュを名乗り続けていることがアリシアは不服だった。

「なんでもなにも、最初に言っただろ、アッシュって名乗ってるだけだって」

 アッシュにとってその言葉がすべてだった。

 あえて言うならば、出会ったときに言った言葉とはその意味がすこしだけ変わっていた。それはアリシアにも伝わったようで

「ふ~ん、いいわ、わかった。……お風呂入ってくるから、ちゃんとご飯準備しておきなさいよ」

 それだけ言って二階へと上がっていった。


「お風呂に入ってスッキリしたことだし、ご飯にしましょ、ご飯」

 アッシュが食事の準備を終えると、すでに風呂上がりでホクホクになったアリシアがダイニングのいつもの席に座っていた。

「うちの魔女サマはほんと食いしん坊だな」

「悪い?あなたのせいで食事をしないと満足できなくなったのよ。————責任とって面倒見なさい」

「胸張って言うことかよ。まあ、了解しましたよ」

「なら、よし。————じゃあ」

「「いただきます」」


 住む国が変わっても、彼らの生活は変わらないようだ。

 おそらくこの先も、ずっと、同じように……



 ~燃えかすと魔女 Fin~

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