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第三十話

「ねえ、アッシュ。引っ越しの前に聞きたいことがあるの。とても、————とても重要な話」



「なっ、なんだよ、急に……、それに重要な話って……?」

 アリシアがあまりにも真剣な表情だったものだから、アッシュは思わず聞き返してしまった。だが、アリシアは全く取り合うことなく、話をつづけた。

「あなたの過去を聞いた時に、言いたいことが三つあるって言ったのを覚えているかしら?————あのときは一つしか言えなかったから、残りの二つをいま伝えるわ」

 アッシュの記憶が正しければ、あのときアリシアは二つ、しかも一つはアッシュにかなりのダメージを与えるものを言ってきた気がするのだが、彼女としてはどちらかは対象外だったらしい。

「一つ目、あなた、自分で燃えかす(アッシュ)なんて名乗っているけれど、嘘ばっかり。燃え尽きた人間は、あなたみたいに人をかばったり、守ったりしないもの。あなたはただ燻ぶっているだけよ。だけど、……そのおかげで私たちは何度も助けられた」

「それは過大評価だ。俺は、……そんなに立派な人間じゃない」

「自分のことだから、そう思うのよ」

 アッシュは否定したのだが、アリシアはそれを優しくなだめるようにそう告げた。微妙に納得がいかなかったが、もう一度否定する前にアリシアは続きへいってしまった。

「次は、言いたいことというよりも質問かもしれないわね。————ミハエルに戻りたいとは思わないの?」

「ああ、思わない」

 即答だった。

 アッシュにとって、それは考える必要のない答えだったからだ。未練がまったくなかったわけではなかったが、それもナルシスからもたらされた情報のおかげでかなり軽くなっていた。

「わかったわ。アッシュ、右手を出して」

「いいけど、なんだ?」

 アリシアに言われた通り、おずおずと彼女の方へ右手を差し出した。

 それを見て、アリシアはパチンと指を鳴らした。瞬間、右手首につけられていた隷属の腕輪がバラバラに砕け散った。

 隷属の腕輪は、アッシュに言うことを聞かせるためのものであり、居場所を確認するためのものだったはずなのだが、アリシアはそれをあっさりと外してしまった。

「……いいのかよ」

「あなたが信用に足る人間なのはもうわかっているから。そんなもの、必要ないでしょう?————さあ、引っ越しの準備を始めましょ。リッキーばっかり働かせてしまうのは悪いし、ね」

 はぐらかすみたいに思ってもない言葉を吐いて、アリシアはダイニングから出ていった。

 取り残されたアッシュは困惑していた。彼女の真意がまったくつかめなかったからだ。そもそも先ほどの会話になにか意味があったのかということさえよくわからなかった。


(なんだったんだ、いまの話……?)



 ***


 自室に戻ったアリシアは、安心からかそのままベッドへ倒れこんだ。それくらいさきほどダイニングでアッシュとした会話が彼女の中では重要なことだったのだ。

 クマの騒動の際、アッシュはアリシアをかばって大けがを負った。それに違和感を覚えたのが最初だった。なぜ自分よりも強大な力を持つクマの前に体をさらしたのだろうと。

 その違和感の理由がわかったのは彼の過去を聞いた時だった。彼は生まれ持って、正義感が強かった。ゆえに、自分の前で傷つく人を見逃すことなどできなかったのだ。本人にはそんな意識はないかもしれないが。

 だからこそだろうか、アリシアは彼が自分と一緒にいることに疑問を持ってしまった。

 彼はもっと多くの人を救える人間ではないか。アッシュ、いやミハエルとしての彼ならもっと……。

 と、いろいろなことを考えてしまった結果、言いたいことのついでで遠回しにアッシュに聞いてみてしまったわけである。————そのおかげでアッシュは困惑の中にいるのだが、そんなことアリシアは知らない。

(何はともあれ、ミハエルには戻らないのよね。よかったぁ~)

 ベッドの上のクッションを一つをぎゅっと抱きしめた。

 アッシュがミハエルに戻る、つまり、自分から離れていかないことを明言されたおかげで、アリシアは大きな安心を得たのだ。


(————って、こういうのは私のキャラじゃない!!)


 瞬時に我に返ったアリシアは、抱きしめていたクッションを壁に投げつけた。

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