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第二十九話

「はっはははっ、ざまあみろよ、あははははっ!」

 ナルシスは力なく笑いながら崩れ落ちた。

 彼の横を通り抜けて屋敷に帰ろうとしていたアッシュは、腹部から血を流して立ち止まっている。

 アッシュとすれ違う瞬間、ナルシスは懐に隠していた拳銃を取り出し、彼に向けて発砲した。至近距離かつ見たことのない武器に、一瞬アッシュはとまどってしまい、回避することができず腹部を撃たれてしまった。

 アッシュが戸惑ったのも無理はない。銃という武器が北の王国に伝わってきたのは最近のことで、いまだ一般には普及していない。王都ですら数えるほどしか流通していないものなのだ。すでに王都を出ていたアッシュが知らないのは当然なのである。


「気は、済んだか?————警告は最後だ。次にやったらお前を殺す」

 静かに、重く、アッシュはそうつぶやくと、撃ってきたナルシスも、それによって腹部から流れ出る血も、気にすることなく屋敷へとまた足を進め始めた。

「————アリシア」

「はいはい、わかってる」

 名前を呼んだだけだったのだが、アッシュがなにを言わんとしているのか、アリシアにはわかったようだ。おざなりな返事を返すと、パンと音を立てて手を合わせた。すると、地面に膝をついていたナルシスも、地面に寝ていた兵士たちも姿を消していた。

 アッシュの意図を汲んで、アリシアが街の近くに転移させたのだ。

「これでいいんでしょ」

「ああ、ありがとう」

「そんなことより、あなた、……それ痛くないの?」

「めっちゃ痛い」

 やせ我慢も限界だったのか、弱音を吐いたアッシュはそのまま膝をついた。その姿を見て、アリシアとリッキーは

「カッコつけ」

「バカやなぁ」

 あきれたようにそれぞれ口にした。



 ***



「いでっ、いってえって」

 ダイニングまで運ばれたアッシュはそのまま腹部の傷の治療を受けていた。アリシアの力による治療は以前も受けていたが、その時と違い今回はなまじ意識があるせいで動くたびに痛みで騒いでいた。

「うるさい。それ以上、騒ぐなら治療しないわよ」

「……がんばります」

 アリシアに脅されて、アッシュはできるだけ声を我慢するように口をつぐんだ。それでもときおり痛みで声にならない声をあげていた。

「はい、これでよし」

「いでっ」

 アリシアが最後にぱちんと腹部をたたくと、アッシュはまた声を出した。だが、腹部にはもう撃たれた傷は残っておらず、ほぼほぼ反射によるものだった。

「ただいま戻りました!!」

 治療が終わると同時に森の警戒に出ていたリッキーが屋敷に戻ってきた。ナルシスたちが戻ってきていないか、念のために見に行っていたのだ。

「リッキー、ちょうどいいところに帰ってきたわね」

「姉さん、一応街のほうまで見に行ってきましたが、兵士たちはまた屋敷にやってくる気はないようでした」

「まあ、そうよね。ありがとう。じゃあ、落ち着いたことだし。……アッシュ、ご飯を作って頂戴」

 アリシアのその言葉に、アッシュは妙な安心感を覚えた。この食いしん坊な魔女様のそういうところがわりかし好ましいようだ。

「へいへい、わかりましたよ。治療のお礼に頑張らせていただきます」

 回復したアッシュは立ち上がると、アリシアの願いの通りに調理場に向かった。時刻はすでに昼過ぎになっていた。



「さて、大いに満足したことだし、————引っ越しの準備をしましょうか」

 アッシュが用意した昼食を満足げに平らげたアリシアは急にそんなことを口にした。決まっていた段取りを話すような口ぶりだが、アッシュにはなぜ急に引っ越しなどと言い始めたのか見当がつかなかった。

「なんだよ、急に……」

「魔女狩りが来たってことは、この国にとって私は邪魔者ってことでしょう?また街の人にも迷惑をかけてしまうだろうし、その前にどこかへ行ってしまおうかと思って」

「けど、それじゃ、この森のことはどうすんだよ。まりょく?ってやつをなんとかするんじゃなかったのか?」

「この森の魔力異常なら、もう安定状態になっているから問題ないわ。あと数年くらいで普通の森に戻るでしょう」

 まだまだアッシュには困惑しかなかったが、アリシアが問題ないというのなら問題はないのだろう。そう思うくらいの信頼関係が屋敷での生活で築かれていた。


「ねえ、アッシュ。引っ越しの前に聞きたいことがあるの。とても、————とても重要な話」


 そう口にしたアリシアは、見たことがないほどに真剣な表情を浮かべていた。


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