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第二十八話

 コンコンというよりも、ドンドンと乱暴に玄関がノックされた。

 無礼なそのノック音があまりに不快だったため、アリシアは心の中で舌打ちをした。

 夕食も朝食もなくて心の養分が足りていない、イライラしている状態でそんな無礼を働かれたので、アリシアの不機嫌はマックスだった。

 嫌がらせに二階から適当に物でも落としてやろうかとも思ったが、訪問者についてわかっているので、仕方なく、しぶしぶ玄関を開いた。

 開いた玄関の向こうに立っていたのは、鼻に怪我をした騎士だった。そう、ナルシスである。

「こんにちは、————あなたがアリシアさんですね。早速ですが、あなたを狩りに来ました」

 胡散臭い笑顔を浮かべながらそう口にしたものだから、イライラよりも呆れが勝ってしまい、アリシアの中にあった怒りは急速にしぼんでしまった。

 魔女狩りの部隊の隊長が討伐対象である魔女の屋敷に真正面から挨拶しにくるなど、アリシアの長い人生の中でも初めてのことだった。

「……あなた、本気で言ってるの?」

「本気ですよ、こちらには人質もいるのです。抵抗はしないでいただきたい」

 目の前に立つ人物の正気を疑ったアリシアが、思わず口にした疑問をどう勘違いしたのか、そんな意味の分からない回答を返してきた。

 言葉の通り、ナルシスの背後には何人もの兵士立っており、そしてそこにはボロボロのアッシュが捕まっていた。だが、そこまでは想定内、彼を救出する作戦はすでに始まっていた。


 アリシアとナルシスの方を注視している兵士たちの足元を小さな動物が駆け抜けた。————リッキーだ。

 リッキーは兵士たちには気づかれないほど静かに、そして速く、アッシュのもとへとたどり着くと、自慢の前歯でアッシュの両手を縛っていた縄をかみちぎった。

 そして次の瞬間、解放されたアッシュは一番近くにいた兵士の腰に刺されていた剣を奪うと、瞬く間に周囲にいた兵士たちを倒してしまった。

 バタバタと兵士たちの倒れる音で、ようやくナルシスも背後の違和感に気が付いたようだ。だが、振り返った時には立っているのはアッシュだけだった。

「ほら、こちらには、人質が……、あれ、いなくなっちゃった」

 後ろでいつの間にか怒っていた惨劇に愕然としているナルシスを無視して、アッシュは屋敷の方へと歩を進めた。

「ここまで連れてきてくれたことは感謝する。全員気絶してるだけだが、これで言い訳もできるだろ。王都に帰りな。ナルシス、お前騎士に向いてないよ」

 アッシュのその言葉は憐みであり、精いっぱいのやさしさだった。ここまで見せたナルシスの行動は、隊を率いる人間としてはあまりにも愚かであり、その学生時代から成長していない姿にアッシュは憐みを覚えたのだ。

「……お前は、いつも、……いつもっ!そうやって、俺を見下す!何度も、何度も、隣国の侵略を防いできた辺境伯の息子である俺よりも!お前は!いつも上に立った気でいやがって!!—————クソがッ!!!」

 さきほどまで浮かべていた胡散臭い笑顔も、いつもの高圧的な態度すら取り繕うことができなくなるほどにナルシスは感情をあらわにした。それは抑圧されていたミハエルへの劣等感であった。

「もう、俺のことは忘れてくれ。————ミハエルは死んだんだよ」

 本人にはそのつもりはなかっただろうが、そう告げるアッシュの声はひどく悲しかった。

 立ち尽くすナルシスの横を通り抜け、屋敷へと入っていこうとした。それでようやくナルシスを現実に引き戻した。

「俺を、無視するんじゃねぇ!————ミハエルッ!!!!」


 ————大きな破裂音が森の中にこだました。


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