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第二十五話

 アッシュの過去を聞いてから数日が経ったその日は、あきれるほどに快晴で、嫌な予感など微塵も感じさせないような快い天気だった。

「じゃあ、買い出しに行ってくるよ」

「ええ、いってらっしゃい」

 珍しくアッシュは一人で買い出しに出かけた。リッキーはアリシアからお使いを頼まれており、アリシア本人はリッキーが帰ってくるまでにやらないといけないことがあるとのことで部屋に引きこもる予定だからだ。

 珍しいことではあったが、街へ買い物に行くこと自体は屋敷に住むようになってから定期的にやっていることなので、特に緊張してはいなかった。

 いつも通りの道で街まで歩いていくと、街の様子がなぜだか妙にそわそわしている様子だった。しかも視線がアッシュのほうに向いている感覚がしているせいで気分がよくなかった。

 気分よく買い物ができそうにないので、必要なものだけ買って帰ろうと気持ち急ぎ足で買い物をしていると

「……おい、兄ちゃん」

 路地のスキマから顔を出した男性に声をかけられた。たしか彼は肉屋の主人だったはずだ。店で顔を合わせることはあっても、アッシュと親しく会話はしたことはなかった。

 呼ばれるままに近寄ると、不安そうに左右を確認して路地裏にアッシュを誘導した。

「なあ、あんた、アリシアちゃんのとこの旦那だろ。……アリシアちゃんが魔女って本当かい?」

 その質問にアッシュはぎょっとした。あの森に魔女が住んでいるという噂は聞いていたが、彼女が魔女だというところまではなっていなかったはずだ。それがどうして————。

「誰がそんなことを!?」

「その様子、ほんとのことなのか……?」

「い、いや、自分の奥さんをそんな風に言ったやつをとっちめてやろうと思っただけですよ。はははっ」

 なんとかごまかしたものの、不可解な状況には変わりなかった。誰がアリシアを魔女だなんて……、それになんでそんな情報をこの人が知っているんだ?

「誰が密告したかは知らないが、もうすぐ彼女を討伐するために王都から魔女狩り部隊がこの街に来るそうだ。あんたは早く逃げた方がいい。アリシアちゃんが魔女だろうがそうじゃなかろうが、まとめてあいつらに殺されちまうよ」

 肉屋の主人が警告を口にしたその瞬間、街の入り口の方から歓声が聞こえた。その時、ようやくアッシュは自分の危機に気が付いた。

 とっさに肉屋の主人の後ろに逃げたものの、すぐにアッシュが立っていた通りは人で埋め尽くされた。おかげでアッシュは身動きが取れなくなってしまった。

 なにが起こったのか人ごみ越しに様子を見ていると、馬に乗った鎧の一団が人ごみをかき分けてゆっくりと歩いていた。————それが王都から来た魔女狩りの部隊であることは疑いようがなかった。

(まずいな、早く帰って知らせないと……)

 焦るアッシュだったが、これだけ人が多いと移動もままならない。ほとぼりが冷めるまではここの路地でとどまっているしかないだろう。せめて、なにか情報くらいはと思い、部隊の行進を睨みつけていると、あからさまに高価な鎧と兜を身に着けた兵士と目が合った。————合ってしまった。

 瞬時に目をそらすも、時すでに遅し、行進を抜けた兵士が人ごみをかき分けてアッシュたちのもとへと近づいてきた。

 アッシュは警戒して、肉屋の主人を自身の背後に隠した。なにか起きたときに、どうにか隠せるように。

「————お前、ミハエルか?」

 聞き覚えのあるその声と声にアッシュは背筋が凍った。よく見れば、兜の奥に見える特徴的な鼻には見覚えがあったし、殴った時の嫌な感触は忘れられない。

「……よお、元気そうじゃねえか、ナルシス」

 背中を嫌な汗が滑り落ちていく。自身の過去をアリシア達に話したとはいえ、まだ完全に克服できたわけではなかった。だが、ここで逃げだすことは、過去からも逃げることになってしまう。

「行方不明になったと思ったら、こんなところにいるなんてな。会えてうれしいぜぇ、ミハエルぅ」

 ナルシスの言葉の端端には嘲笑が込められていた。彼よりも恵まれた環境を捨てたことに対してだろうか、それとももっとほかの意味が込められているのか。アッシュにはわからなかったが、侮られているのは確かだった。

「旧友同士、なかよく語り合いでも————、なんだぁ?……ふんふん、ほぉー」

 馬を降りて、アッシュにさらに近づいてきたナルシスのもとに明らかに兵士ではない、おそらく街の人間だと思われる男が駆け寄り、一言二言耳打ちをした。

 ナルシスは、それを聞いてにやりと獰猛な笑みを浮かべると

「まさか、騎士団長の息子が魔女と結婚してるなんてなぁ。面白いこともあったもんだ」

 どうやら、アッシュがアリシアの夫を名乗っていることを耳打ちされたらしい。

 人ごみで逃げ場がない。背後には肉屋の主人がいる。ここを退いてしまうと彼に迷惑をかける可能性がある。警告をしてくれた優しい人に、恩をあだで返すようなことはしたくなかった。ゆえに、

「どうする。俺を連れていくか?」

「ああ、同期のよしみで手荒くはしないでおいてやるよ。……いい土産ができちまったな」

 そのにやけ顔にアッシュはもう一度拳をぶつけたい気持ちが沸き上がったが、ぐっとこらえて馬に乗りなおしたナルシスの後ろをついて行った。


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