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第二十三話

 屋敷から騎士学校に戻ってきたミハエルは、ナルシスのもとへと向かった。彼にはやらないといけないことがあったからだ。

 騎士学校内は平民出身生徒の一斉ボイコットによって、かなり荒れていたがそんな状況でも、ナルシスの居場所はわかっていた。

 食堂の地下に昔貴族の子供が作った隠し部屋があるのだ。貴族たちの間だけで伝聞されてきたその場所ならば、今回の主犯格であるナルシスも襲われる心配はない。実際、上級生に守られた状態でナルシスはそこにいた。

『お前もここに逃げてきたのか、ミハエル』

 ミハエルの顔を見るなり、椅子の上でのけぞったナルシスはそんな見当違いのことを口にした。

 今回の事件でミハエルはどちらかというと被害者側だろう。学校内を闊歩する平民出身の生徒もニックを救出したミハエルには好意的で襲われることもなかったくらいだ。

 そんなことを言うということは、ナルシスは全く懲りていない。ミハエルにはここに来る前からそんなことはわかりきっていた。

 ミハエルは無警戒でにやけ面を浮かべているナルシスの方へドシドシ歩いていくと、その顔を見た。その時初めて彼の顔をきちんと見たのだが、彼の鼻は作り物みたいに特徴的なものだった。だからだろうか、吸い込まれるようにその鼻に向かってミハエルは拳を振るった。

『ぶふぇ!』

 殴られるなんて微塵も思っていなかったナルシスは無防備な状態で拳を受け止め、情けない声をあげながら椅子から転げ落ちた。

 そのあとのことは、アッシュ本人もしっかりは覚えていない。

 覚えているのは、拳に走る鈍い痛みと飛び散った鮮血の赤だけだった。


 全員を半殺しにしたところで、ミハエルはようやく正気に戻った。

 そのままとどめを刺すことも可能だったが、彼にはできなかった。たとえニックの敵討ちという大義名分があったとしてもだ。

 だが、決して助けようとも思えなかったミハエルは、事の成り行きに任せようと、隠し部屋を出たところにいた生徒たちに気絶しているナルシスを含めた数人の対応を任せて、騎士学校をあとにした。

 拳にはずっと鈍い痛みが走ったままだった。


 ニックの敵討ちを終えたミハエルは、日が暮れ始めた王都の街をさまよい歩いていた。

 あこがれだった父の姿がまやかしだったと知ったことで、自分がどこを目指していたのか分からなくなってしまっていた。

 騎士学校に戻ったところで、自分の目指していた騎士になれるとは到底思えず、さりとて、屋敷に戻ったところで騎士学校と大して結果は変わらないだろう。この国自体が自らの目指したものとは程遠いのだから。

 いっそのこと。この国を捨ててしまおうか。そんな思考に至ったあたりでミハエルは城の前まで来ていた。

 この時のミハエルは救いが欲しかったのだろう。一緒に国を変えようと、あるいは北の王国を捨てて隣国にでも行ってしまおうと、人を、国を信じられなくなっていたミハエルはただ一人信じられる人物、ステラ王女に助けてもらいたくて城まで来ていた。

 歩いている間に日が落ちてしまっていたため、城の分厚い鉄の門は閉ざされてしまっていた。よほどの緊急事態でもない限り、夜の間に門が開くことはない。

 門が閉じられている以上、正攻法では城へは入れない。だが、ミハエルは入る方法に心当たりがあった。ステラ王女と一緒に城を抜け出すのに使っていた王族専用の非常脱出路を使えば、門が閉まっていようと城へは侵入ができることを知っていたのだ。だが、ミハエルは知らなかった。王女を含めた王族はみな地方の貴族が主催するパーティーに呼ばれており、数日は帰ってこないということを。


 ミハエルは深夜まで王女の部屋で帰りを待ったが、帰ってくるはずもなく、失意の中、脱出路を使い城を出た。

 王都といえど深夜は寝静まっていた。ミハエルはまるで世界に一人だけになったかのような孤独感を感じた。

 どこに行こうか考えてはいなかったが、騎士学校にも、屋敷にも帰るつもりはなかった。昨日までの自分を走らせていた情熱はもうどこにもなかった。もう燃え尽きてしまったのだ。

 ミハエルは夜明けともに王都を出た。行く当てはなかった。


 その後の彼の生活は悲惨そのものだった。

 温室育ちの齢十六、十七歳が着の身着のままで生きていけるほど世界は甘くない。生きるために名を変え、経歴を偽り、髪色を隠した。

 特に王都周辺では赤い髪というだけで、ヴァルトシュタイン家の人間だということがバレてしまうので、髪色を隠したうえでヴァルトシュタインの力が届かない辺境まで逃げた。

 そうやって生きるためにやれることをやっているうちに、気が付けば盗賊団に身を置いており、その中で義賊のようなことをやるようになっていた。

 それは別段おかしな話ではなかった。ミハエルが目指していた騎士というのは、弱きものを守るものだったからだ。だが、そのために貴族の屋敷を襲うという行為をおこなっていることには言いようのないモヤモヤを持っていたのも確かだ。


 ————それから一年後、ひょんなことからアリシアの屋敷に盗みに入った。それが彼の人生の三度目の転機だ。


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