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プロローグ①

 北の王国

 ある大陸でその名を聞けば、国民は胸を張り、他国民はすくみ上り小さくなる。

 歴史としては二、三百年ほどの歴史を持つこの国は、その歴史の中で数えられるほどしか、他国との戦争に敗れていないほど戦争に強い国だった。

 それゆえか、その国では“ある常識”があった。

 ————弱肉強食

 強いものが正しく、弱者はそれに従うしかない。そんな野生動物のような考えが国を支配していた。

 貴族どもが自分の領土でどれほど圧政を敷こうと、それは弱いものが悪い。強いものには従うしかないのだ。

 その常識は国内だけでなく、他国に対しても同様だった。

 国内の資源が乏しくなれば、隣国を侵略し必要な資源を確保する。侵略した先でも資源がなくなれば、さらに侵略する。その在り方は国というよりも蛮族というのが正しいだろう。

 元々は鉱山資源が少ない土地柄だったために、鉱山資源を奪うために侵略していたのが、だんだんとエスカレートし、自国で採れる資源すらも他国から奪うようになっていっていた。

 そんなことをしていて、ほかの国が黙っているはずもなく、歴史上では隣国同士が連合を組んだこともあったのだが、それすらも跳ね返してしまったあたり王国の歪さを表している。


 そんな国に魔女が住んでいるという噂が立ち始めたのは、数年ほど前のことだ。



 ***


 北の王国、北部の山中にある洞窟


「うぉおおおおお!テメェら、今日は宴だ!いくらでも飲んでいいぞ!!」

 中央に置いた酒樽の上に立ったお調子者が大騒ぎをしていた。

 彼らはこの辺りではそこそこ名の知れた盗賊団だった。今日は、それなりの領土を持った貴族の館を襲い、過去最大といってもいいほどの食糧や酒を奪うことに成功したので、アジトの洞窟に戻ってくるなり、宴が始まるのは自然な流れだった。

 そんな宴の席を離れ、洞窟の壁際でちびちびと酒を飲んでいる男がいた。

 彼は自らをアッシュと名乗っていた。本当の名は捨てたそうだ。この盗賊団には、五年ほどおり、立ち位置としては参謀が近いか。今回の館襲撃を計画したのも彼だ。

 館の襲撃は成功し、宴が始まったというのにアッシュは浮かない顔をしていた。

 実は彼の計画は館の襲撃だけでなく、食糧なんかと一緒に盗んだ宝石やアクセサリーを売り払い、虐げられていた貴族の領土の住民たちに配るところまでだったのだ。

 盗賊団の頭は腕力だけが取り柄の学のない男で、大変御しやすい人間なのでバレる心配はほとんどないが、売りに行った手下が返ってくるまで気が気じゃなかった。

 加えて、こういうバカ騒ぎがあまり好きではなかった。この盗賊団は手に入った食糧なんかをすぐに使い果たしてしまう。今日の宴だけでも半分くらいの量を消費してしまうだろう。そんなその日暮らしの生き方が、この国を生き写しのようでひどく嫌いだった。

 生きるためとはいえ、そんな盗賊団に身を置いていることにアッシュは憤りを覚えていた。


「よお、アッシュ!ちゃんと飲んでるか?」

 手下が帰ってきたのが見えたので、そちらに移動しようかと思った矢先、一人の男がアッシュに声をかけてきた。

 無精ひげに窪んだ頬、それに反した活力に満ちた目をした変な男だった。

 盗賊団のメンバーなら一通り覚えているはずだが、アッシュはこの男に見覚えがなく、妙になれなれしい態度が気持ち悪かった。

「あーうん、適当に飲んでるよ……?」

「そうか、そうか、ならよかった」

 アッシュの適当な返事を男は嬉しそうに聞くと、そのままアッシュの横に並ぶように腰を掛けた。

 思わずアッシュが怪訝な顔をするも、男はそれを見ておらず、まるで友人のように勝手に話し始めた。

「で、アッシュは何人殺したんだ?」

「……はあ?」

 あまりにも突然の話題にアッシュは素っ頓狂な声を出した。

 なぜそんな質問をしてきたのかもそうだが、なんでそんなことをこいつに聞かれないといけないのか。

 質問の意図もなにもかもが分からず、困惑するアッシュの様子を見た男はなぜかにやりと笑うと、

「はっはーん、あんまり自信ないんだな。言ってみろよ、笑わねえから」

 なんて挑発するような言葉を口にした。

 その言葉でようやく殺した人数での勝負を仕掛けてきているのだとアッシュは理解した。そんなことをする理由は理解できないが、聞かれたことには答えることにした。

「あー、俺はー、……三人、三人かな」

 もちろん数は適当だった。盗賊団のなかで彼だけは人を殺すことに抵抗があった、必要とあれば、殺しもやむを得ないとは思ってはいたが、実際にそんな状況に陥ったことはなく、今回も例外じゃなかった。

「よし!勝った!俺は四人だ!」

 アッシュの返答を聞くと男は強く拳を握って勢いよく立ち上がった。

 謎の勝負をさせられ、謎に負けた。よくわからない状況に、困惑が隠せないアッシュだったが、男が告げた次の言葉でさらに困惑することになった。

「————じゃあ、約束通りに明日魔女の屋敷に行って来いよ」

「そうかぁ、……はあっ??」

 一瞬、何を言っているかアッシュは理解できなかった。いや、正確には話の内容は理解はできたのだが、なんのことかがさっぱりわからなかったのだ。

 そもそも誰かもわからない相手と約束をしたなんてことが本当にあるのだろうか。

 盗賊団のアジトから西に山二つほど行ったところにある森に魔女が住むという屋敷があるという噂があり、盗賊団の中でも少し話題になったことがあった。しかし、そんなところに行くなんていう約束をしたなんて、アッシュは自分のことながら全く信じられなかった。

 戸惑う様子を見て、ようやく男の方もアッシュの様子がおかしいことに気付いたようで、一瞬驚いたような表情を浮かべると、眉間にしわを寄せ

「お前、まさか覚えてないのか?……おととい、作戦会議の日に賭けをしたじゃないか。負けた方が魔女の屋敷に行くって。で、俺が勝ったわけだ」

 呆れた様子で説明してきた。

 そういわれてみれば、そんなことがあったかもしれない。かすかに記憶があったので、納得はしないものの合点はいった。のと、同時にアッシュは後悔した。

「忘れてたから、今回はなしってことに……」

「なるわけないだろ」

 最後の抵抗もむなしく、取りつく島もなかった。

 はああああっと長い溜息が自然と漏れていた。

「じゃあ、明日ちゃんと行けよ。行ったかどうかチェックするから、屋敷の物でもなんか盗んで来いよ。魔女の持ち物だってわかるものだぞ、わかったな」

 叱りつけるような口調でそれだけ言い残して男は宴の中心へと向かっていった。

 その背中を恨みがましい目で数秒睨みつけていたアッシュだったが、意味のないことだと認識して、出そうになったため息を手に持った飲み物で無理やり飲み込んだ。

「……仕方ないか」

 独り言ちて、地べたから腰を上げた。

 魔女の屋敷まではそれなりに距離がある。こんなバカ騒ぎに付き合って明日の体力を削られるのが嫌ったのだ。

 宴の席を離れ、洞窟の奥。乱雑に寝床が並べられていた。男所帯ということもあってか、特に決まっていない寝床の一つにアッシュは寝転んだ。

 洞窟の奥に来たおかげか、宴のバカ騒ぎもかがり火の明かりも遠く、眠りにつくのにはそれほど時間はかからなかった。


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