5話 視線の主は
「やっべー、寝過ごした!遅刻遅刻〜!」
スナック『トリカブト』にて、自分が元ジャスティファイブだとバラしてしまってから1週間、あれからレイが怖くて『トリカブト』には行っていないが、なんだかよく誰かに見られている気がする。しかし今問題なのは、昨晩久しぶりのプラモデル製作に夢中になりすぎて夜ふかしした挙げ句寝過ごした為、仕事に遅れそうだということだ。純は急いで身支度を済ませ、アパートの部屋を出る。部屋を出ると、ずっと空室だった隣の部屋に引っ越し業者が忙しく出入りしているのが見えた。
「急げ急げ、ん?隣の部屋、誰か入居したのか?」
気にはなったが、急いでいたので純はそのまま仕事に向かう。
「それはここで、それはここに頼む」
「これはどうしましょう?」
「それはこっちだ」
所変わって、有栖川製作所。純はどうにか仕事に間に合い、水野の指導の元、作業に励んでいた。
「緑川君、今度君の歓迎会をしようって話になってるんだけど、空いてる日とかあるかな?」
「え、ありがとうございます。基本いつでも空いてますよ。独り身の暇人なんで」
「おいおい、そんなに自分を卑下するなよ。分かった、また店とか日取り決めたら教えるよ」
「お願いします。あ、これ終わったんで確認して貰ってもいいですか?」
「ふむふむ…うん、やっぱり緑川君、君筋が良いよ。言う事無しだ。…この作業はもうひとりで任せても問題無さそうだな。よし、次の作業を教えようか。怪我しないように、慎重にね」
「お願いします」
その日の仕事を終えて帰宅中、純はここ最近感じる視線をまた感じていた。
(またかよ…こんなオッサンをストーキングして何になるんだ?そろそろ警察に相談するか?)
などと考えながら純はさり気なく人気の少ない通りに入っていく。すると視線も素直について来る。
「なぁ、誰だか知らないけど、何なんだよ?そうやって見られてるとストレスだからさ、出て来てくんないかなぁ?」
「…流石ですね純さん。俺の尾行に気づくなんて」
「お前か、健。あのな、言っとくけど、俺がすごいんじゃなくて、お前の尾行が下手すぎるんだからな?」
「えっ…嘘…!?」
純がここ最近感じていた視線の主はジャスティファイブのレッド担当、赤星健だった。彼は5年前に先代レッドと入れ替わりで加入して以来、純によく懐いていた。そして純もそんな健のことをよく食事に連れて行ったり、気にかけていた。ジャスティファイブメンバーの中では、一番仲がいいと言っていい。
「いやマジで。お前3日くらいずっと俺のこと尾行してただろ?なに?ジャスティファイブ暇なの?」
「…単刀直入に聞きます。純さん、なんでジャスティファイブを抜けたんですか?」
「やっぱその話か…博士からは話聞いたか?」
「はい」
「じゃあそれが全てだよ。俺ももういい歳だし、体がキツイのよ。それにもう次のグリーンの募集かけてんだろ?ディアボロスも壊滅してんだし、何かあってもお前ら4人でどうにか出来るだろ。5年前のレッドのときと違ってジャスティグリーンの引退なんて地味過ぎてニュースにすらならねぇじゃん。世間から見ても俺なんてその程度なのさ。もうオッサンの出番はねぇよ」
「俺はジャスティファイブのグリーンは純さん意外ありえないと思ってます!!」
「うぉっ、急に叫ぶなよびっくりするだろ。健、お前の気持ちはすごく嬉しいけど、もう俺はジャスティファイブの肩書を捨てて、一般人として生きていくって決めてんだよ。悪いけど帰ってくれないか?」
「…うっ、ひっぐっ…うぅ…やだやだやだー!!純さんも俺達と一緒にジャスティファイブやるのー!!やるったらやるのー!!」
なおも引き下がる健に純がきっぱりと断ると、あろうことか健は子供のように地面をのたうち回って駄々をこね始めた。
「ばっ、お前馬鹿!やめろ20歳にもなって!誰かに見られたらどうすんだよ!?ほら、とりあえず立て!」
「やだやだー!!俺は純さんがジャスティファイブに戻るって言うまで駄々をこねるのをやめない!!」
「いい加減にしろこの馬鹿!お前ジャスティファイブのレッドだろ!?ヒーローがいい歳こいて駄々こねてんじゃねぇ!このままじゃホントに誰かに見られ…あ」
「…ジュン、やはり貴様、ジャスティファイブのメンバーだったのか…!」
「…レイ、さん…?」
(よりにもよって今1番見られたくないやつに見られた!)
偶然にもそこに買い物袋を手に提げた元ディアボロス最高幹部、毒島レイが通りかかった。
「…純さん、こいつは、ディアボロスの幹部ですよね?下がってください!純さんは俺が守ります!変身!!」
いつの間にか駄々こねをやめた健が腕時計型の変身デバイスをかざすと、その体は光りに包まれ、その光が収まると、そこには赤いヒーロースーツに身を包んだ健が立っていた。
「貴様…ジャスティレッド…!」
「お前、シャウラ・バロネスだな?まさかこんなところで出会うとは、どうした?変身しないのか?」
「…私はもう貴様らとは闘わん。これからは一般人として生きていくと決めたのだ」
「嘘つけ!悪の秘密組織の言うことなんて信用できるか!そっちが来ないんなら、こっちから行くぜ!バーニングブレード!!」
健はデバイスから顕現させたジャスティレッドの固有武器、バーニングブレードを構えてレイに突っ込んでいく。
「くっ…、昔から話の通じんやつだ…!」
レイは辛うじて健のバーニングブレードを躱すが、変身して身体能力が大幅に強化されたジャスティレッドに次第に追い詰められていく。
「健、やめろ!もう俺達が闘う必要は無いんだ!」
「止めないでくださいよ純さん!あともう少しでディアボロス最高幹部シャウラ・バロネスを倒せるんです!」
「だから、それはディアボロス壊滅前の話で、今はただの一般人だ!無抵抗の一般人攻撃するのがヒーローのすることか!?」
純は健に必死に訴えるが、彼は聞く耳を持たず攻撃を続ける。
「くらえトドメだ!!」
(この野郎、これまで散々苦しめられてきた相手を倒せるとあって、完全に冷静さを失ってやがる!こうなったら…!)
「やめろって言ってんだろ!いい加減止まれ、健!!」
純は意を決して追い詰められたレイと健の間に割って入った。
「ッ!?危なっ!?純さん、何やってるんです!?危ないじゃないですか!」
「ジュン、貴様…」
「…なぁ健、お前の気持ちも分かるけどさ、ここは俺に免じて何も見なかったことにしてくれないか?」
「な、何言ってんですか!?出来る訳ないでしょう!?ここで見逃せば、また何をするか分からないんですよ!!」
「もしこいつがまた悪事を働くことがあったら、そん時は俺が責任を取る!その時まだ俺のポジションが空いてるならジャスティファイブ復帰だってしてやるよ。だから頼むよ!」
純自身なぜここまで必死にレイのことを庇っているのか分からなかったけれど、きっと自分と彼女の現在の立場や境遇が元ヒーロー、片や元悪の秘密組織の最高幹部ということで少しは似ている部分があるので、無意識に自分と重ねているのだと思うことにした。
「いや、でも…はぁ…」
健はまだ何か言いたげだったが、溜息と共に変身を解いた。
「…分かりましたよ。今回は見なかったことにします。でももし何か悪事を働いた時は今度こそ容赦しませんからね!それと、俺はまだ純さんのジャスティファイブ復帰も諦めてませんよ!…それじゃあ今日のところは俺は帰ります。うわーん!!」
「行ったか…あぁ〜、緊張した〜!」
「貴様、何故私を庇った?奴は貴様の仲間ではないのか?」
「…その話、歩きながらでいい?疲れたから帰ろうぜ」