3話 有栖川製作所の愉快な仲間
シャウラ・バロネスこと毒島レイとの再会から2ヶ月。純はヒーローだった頃に貯めた貯金があるとはいえ、ずっと無職というのもなんだか世間体が悪いということで、就職活動を始めた。そして晴れて新たな就職先が見つかった。その職場は街の小さなネジ工場、有栖川製作所。従業員は20名程度の小さな職場である。今日は初出勤日。
「えー、今日からウチで一緒に働く緑川君です。では、緑川君からも簡単に自己紹介お願いできるかな?」
「はい。ご紹介に預かりました、緑川、緑川純です。以前の職場はは全く異なる職種でしたので、ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、精一杯頑張りますので、この緑川、緑川純をどうぞよろしくお願いいたします」
「はい、選挙カーから聞こえてくるかのような自己紹介ありがとう。えー、ということでね、今日の朝礼終わります。今日も1日ご安全に」
時は流れて時間は正午、昼休憩。純は工場の休憩室で同じく従業員の男性2人と昼食を摂っていた。1人は今日から純の教育係としてついてくれている水野隆一。年齢は35歳。既婚者で子供が1人いる。もう1人は今年純よりも少し早く入社した蟹江力斗。年齢23歳。若い。
「…俺この間さぁ、急にすっげーハンバーガー食べたくなったから、バーガーエンペラー行ったのよ。ほら、あのギオンモールの中に入ってるとこ」
「あぁ、あの最近出来たとこすか?あそこのバーガーデカくて良いっすよねー」
「…それで、どうしたんです?」
(オッサンがハンバーガー食べたくなった話とかすげーどうでもいいけど、3人集まって黙って食べんのもアレだし、聞くだけ聞いてやるか)
「俺デュアルベーコンチーズバーガーをセットで頼んだんだけど、サイドメニューをポテトフライにするか、オニオンリングにするかで迷ってたらよぉ、店員が言ってきたんだ。ポテトで良いですか?って」
「はい、それで?」
「それがめちゃくちゃ頭にきたから、俺言ってやったんだよ。何で俺の食いたいもんをオメーに決められなくちゃいけねーんだよ!この店は客の注文を店員が決めんのか!?ってな」
「じゃあ、オニオンリングが良かったんすか?」
「いや、迷った挙げ句、ポテトフライが良かったんだけど」
「じゃあいいじゃねーすか。そんなブチ切れるようなことじゃないっすよ水野さん。いつもは堅実にとか落ち着いてとか口癖みたいに言ってるくせにそんな事でブチ切れるなんて完全にやべーやつじゃん。水野さんこそ落ち着いてくださいよ」
「そうなんだよなぁ。ハンバーガーはすげー美味かったから、また子供連れて行きたいんだけど、あんなことがあった手前、中々行きづらいんだよなぁ」
「…え、それだけ?」
「え?うん」
(マジでどうでもいい話だな)
「ギャハハ!マジでどうでもいい話ですね水野さん。しょーもな過ぎて笑えるっす」
「え…そんな言う…?」
「言った!こいつ言ったよ!俺が水野さんに言い難かったことをアッサリと!」
こうして、純の記念すべき初出勤日は平和に過ぎていく。
「あら、いらっしゃ〜い。純ちゃん久しぶりね〜」
「ごめんよママ、実はいつまでも無職じゃまずいと思って、就活してたんだよね。それで今日が新しい職場の初出勤日だったわけ」
「あらあら〜、それじゃあ今日はお祝いね〜!さぁさ、座って座って」
純が店内に入り席に着くと、バイトのレイも居た。
「来たなジュンとやら。今日は就職祝いらしいな。私も就活の辛さは少しは分かるつもりだ。今夜は心ゆくまで楽しんでいくがいい。潰れても介抱はせんがな」
「ひ、久しぶり、レイちゃん…」
「私のことをレイちゃんと呼んでいいのはママだけだ」
「トゥンク…♡」
「すいません。…じゃあレイ、さん」
「注文を言え、この私が淹れてやる」
「じゃあ、焼酎水割り」
「ほら、ありがたく飲むがいい」
「ど、どうも…ッ!?こ、これは…!か、完璧だ!完璧に俺好みの濃度!俺が来なかった2ヶ月の間に何があったっていうんだ!?」
「ふん、この私に出来ないことなどないのだ」
「レイちゃん毎日頑張って練習したもんね?もう今では常連さんの好みの濃さは完全に覚えているわよ」
「マ、ママ!練習の事は黙っていろと言ったはずだぞ!」
「あら、そうだったかしら?それじゃああたしはちょっと席を外すわね」
紅緒ママが店の奥に引っ込んでいき、カウンターテーブルを挟んで純とレイの二人きりとなった。
「うぃ〜、焼酎おかわり!」
そして純は早くも酔いっていた。
「…ジュンとやら、貴様、この私の顔に見覚えはあるか?自分で言うのもなんだが、髪の色や瞳の色はかなり特徴的だと思うのだが」
「見覚え〜?そんなんこの前ここで会ったのが初めてでしょうよ」
「…貴様、ディアボロス戦闘員ではないな?」
「…え〜、なんでわかんの?」
「何故この前私の正体をシャウラ・バロネスと知っていながら今日は初めてだと言うのだ?私は人の顔を覚えるのは苦手だが、貴様のその声は聞き覚えがある。10年前のあの人にそっくりなのだ。今度こそ正直に話せ、貴様何者だ?貴様10年前に私と会ったことはないか?」
「だから〜、俺はただの元ヒーローのオジサン。それに10年も前のことなんて覚えねぇよ」
「…ヒーロー?」
「はっ!しまった!」
純は酔った勢いでとんでもないことをとんでもない人物にバラしてしまった。
ラブコメって難しいですね。未だラブコメのコメの部分しかありません。