百話 【海の魔生獣】
右を見ても海、左を見ても海、空を見上げれば青空が広がり、水面は凪いでいる。
そう、はっきり言って暇だ……。
ちょっとした魔生獣が襲って来ても乗組員が対処してしまう。
この間は体長三ラージュもある魔生獣の飛び鮫が甲板まで飛び乗って襲って来たのだが、乗組員が銛で退治してしまった。
そう、つまり出番が無くて暇なのだ……。
ダルマッチさんに手伝う事は無いかと聞いてみても、客人だから何も無いと言われてしまう。
たまに乗組員の人とカードで遊んだり、ダルマッチさんの話しを聞いたりする。
「どうだ? わしの船は快適だろう?」
「ええ……まあ……、食事は美味しいです」
「そうだろう、そうだろう」
「乗組員の皆さんもお強いですよね?」
「この船に乗っている乗組員は昔わしの船で働いていた歴戦の強者ばかりだからな。 今やベテランとして他で働いているはずが、わしが船を出すと言ったら乗せてくれと、どうしても聞かんでな」
「好かれているんですね」
「ふん、そんな事はどうでも良い。 勝手知ってる者がいるのは、わしが仕事しやすいから助かるがな」
その後、何度か話しを聞く。
この船の名前シュシュリラはダルマッチさんの奥さんの名前とか、エルメリオン王国のロイさんとは昔からの知り合いなど、乗組員の人からは昔のダルマッチさんの武勇伝を聞いたりしている。
レアも船になれたようで、小さい猫に変身して船の中を探検しに行っているらしい。
エイルも部屋で暇そうにしている。
そんな穏やかな航海が続いていた。
ある夜、船内が少し騒がしく乗組員達が走り回っている。
「どうかしたんですか?」
一人の乗組員に声をかける。
「前方に霧が出始めでいるので、部屋から出ない様にお願いします」
乗組員の人は行ってしまった。
「霧か……」
ダルマッチさんに聞いてみるか。
船橋へ向かうと丁度ダルマッチさんが双眼鏡で霧の方を見ている。
「ダルマッチさん、霧が出たと聞きましたけど?」
「おお、来たか若いの。 あの霧はもしかしたら魔生獣【シーレーン】かも知れん」
「シーレーン?」
「海の魔生獣だ。 霧で船の行く手を眩ませ、美しい女性の姿と歌声で船乗りを惑わす魔生獣じゃ」
「へ〜、一度みてみたいですね」
「やめといた方がいい。 下手に刺激すると襲いかかってくるぞ」
「それじゃあの霧の中をどうやって進むんですか?」
「昔なら危険もあったが、今はこちらが何もしなければ良いだけだ。 航海図と経験があれば霧の中でも迷う事は無いからな」
「さすがですね」
「とは言っても歌声に惑わされる奴もたまにいるからな。 部屋から出ない様にするこった」
「わかりました」
俺は部屋まで戻ると、二人は既に部屋にいたので、ダルマッチさんから聞いた説明をしておく。
「ちょっと見てみたいね」
エイルは俺と同じ考えのようだ。
「歌声に誘われても知りませんにゃ」
「その時はレアが止めてよ〜」
「知りませんにゃ」
エイルはレアに抱きつこうとしてるが突っぱねられている……。
ま、部屋にいれば問題無いだろう。
窓の外は霧が見え始めた。
窓からでも見ない方が良いだろうと思っていたら、エイルが窓からシーレーンを探し始めた。
「エイル! 窓から離れて!」
「…………」
「エイル!?」
「……ふふ……、綺麗…………」
「……どうやらシーレーンの術中にハマったようにゃ……、だから辞めなさいと言ったにゃ」
エイルがふらふらと部屋から出て行こうとしているので、俺とレアで抑えつけた。
「……あれ? 私……、……もしかして……」
「そうにゃ」
「あ……、レアありがとう!」
「引っ付かないで下さいにゃ!」
「ケンジもありがとう」
「まったく、見たい気持ちもわかるけど程々にな」
「は〜いっ!!」
急に船が揺れ、船に警報が響き渡る。
「な、なに!?」
「なんだこの揺れ!?」
「何かにぶつかった様な感じですにゃ」
シーレーンの事もあるが、どうしても外が気になり、甲板に出る扉まで向かう。
そこでは乗組員達が銛を持ってタコの様なイカの様な触手と戦っていた。
「あれは!? うわっ!」
波飛沫も激しく霧も濃く前が見えにくい。
触手と一緒にシーレーンまで襲って来ている。
「加勢します!」
「私も!」
「エイルとレアは怪我した乗組員さんを船内に!」
「わかった!」
「わかりましたにゃ!」
シーレーンは上半身は人の姿だが、下半身は魚のようでまるで人魚のようだ。
だが襲ってくるシーレーンの顔は美しい人の顔では無く、顔の半分まで開いた口と無数の歯で襲ってくる。
何処が美女なんだか……。
だけどこの素顔の方が攻撃しやすくて助かる。
シーレーンを数匹倒すと、海に戻り始め、触手が襲ってくる。
銛ではあまりダメージにはなっていなそうだが、細い触手なら俺の獅堂剣なら余裕で斬れる。
何本か斬ると、かなり大きな図体が海から上がって来た。
数十ラージュはある巨体だ!
その魔生獣は太い吸盤のある触手を振り下ろしてくる。
流石の獅堂剣でもこの太さは簡単には斬れ無い。
それに船が揺れて上手く攻撃が安定しない。
何人かの乗組員が海に落とされると、シーレーンが落ちて来た乗組員を襲う。
海にいる乗組員に向かって小型爆弾が投げ入れられた。
シーレーンは小型爆弾に吹き飛ばされる。
投げ入れたのはエイルか。
乗組員には上手く当たっていない。
小型爆弾によってシーレーンは船から離れて行くが、このデカい魔生獣はまだ船に張り付いたままだ。
俺に向かって触手が襲ってくる。
甲板に足を滑らし、バランスを崩した俺は触手に捕まってしまう。
が、このデカい魔生獣の目に大きな銛が刺さり、俺を捕まえていた触手が緩んだ。
俺は目と目の間を斬り付けると、その傷にまた大きな銛が突き刺さり、この魔生獣は海に沈んで行った……。
「助かりました」
「なーに、こっちも助かったからな。 それに嬢ちゃんの爆弾は中々のもんだったぜ」
大きな銛を担いでいるダルマッチさんはエイルに目線をやる。
エイルは海に落ちてシーレーンに襲われていた乗組員にお礼を言われている。
「怪我人は出たが、死人は出なかった。 これもあんたらのおかげだ。 だが……」
「いえ、そんな事は無いですよ。 皆んな頑張りましたから。 でも、また何かあります?」
「船にもだいぶダメージがあってな。 修理に時間がかかりそうだ。 それに部品もたりねえ。 あんまり世話にはなりたくねえが、ここから南の群島諸島にちょっとした知り合いがいるんでな。 そこで修理しても良いか?」
「航行に支障があるなら仕方ないです。 ダルマッチ船長の判断に任せますよ」
「そうかい。 なら、ちょっと覚悟しといてくれや」
航路が決まると、ダルマッチ船長は南に舵を切った。
ダルマッチさんがあんまり世話になりたく無い人とはどんな人なんだ?
少し心配だが、船の事はダルマッチさんに任せるしか無いからな。
船は霧を抜け、南の群島諸島へ向かって進み出した。
読んで頂きありがとうございます。
次話も頑張ります。




