92 指輪①
「そ、それは本気で言っているのかしら?」
「ええ、もちろん」と言う彼は、甘い笑顔を見せる。
何だって真面目すぎる──。
気味が悪いというわたしに口移しって……。どこまでも王命に忠実な姿に、呆れるしかない。
そんな会話をしていると、大きな白い皿を運ぶ給仕係が、二人の邪魔をしないよう気配を殺しながら近づいてきた。
オレンジ色のクロスの上へ、静かに置かれたメインディッシュは、おいしそうな焼き目の付いた猪のステーキに、ブルーベリーを煮詰めたソースがかかっている。
「わぁっ」と思わず声を上げそうになるほど、わたしの好みをばっちり捉えている一皿だ。
視覚と嗅覚の両方から食欲が刺激され、少し前まで放心状態だったくせに、そんなことはそっちのけで料理に釘付けになる。
「美味しそうですね」
「ええ。ブルーベリーのソースって好きなのよね」
それは良かったですと微笑むアンドレが、「いただきましょうか」と言うので、素直に従う。
口に運べば、少し歯ごたえのある肉に、爽やかでフルーティーなソースがよく合う。
「美味しそうに食べますね」
「まあね、とても美味しいもの。やっぱりプロの作る料理は違うわね」
「僕は、ジュディが作ってくれる料理の方が好きですけどね」
「は? またまた揶揄わないでよ。いつも失敗ばかりだったじゃない」
「それが分かっているのに、味見もせずに胸を張るジュディを見られますからね。可愛かったですよ」
「それ、褒めてないでしょう!」
「まさか。そんな姿も可愛いからお伝えしたんですよ」
アンドレってば、少しは料理でも見たらいいのに。さっきからわたしばかりを見ていて、その表情が何とも愛おし気だ。
えッ? もしかして、彼はずっと本気でわたしを好きだと言っていたのかしら? あの指輪はわたしのためだったのかしらと、ありもしない妄想に走ったところで我に返る。
馬鹿ね。どうして彼がわたしのための指輪なんて持っているのよ。
絶対にないからと、緩みかけた頬を引き締める。
「何だか楽しそうね」
「ええ、ジュディに結婚を拒まれなかったので」
「拒みたいところだけど、拒む権利はなかったでしょう。寝て起きたら陛下の画策に嵌っているんだもの。そんな話は聞いたことないわよ」
「それでもジュディは嫌な顔をしませんでしたので、救われました」
「してたでしょう」
「いいえ。僕の想像より、遥かに嬉しい反応でしたから」
彼は少し悲し気な顔で話を続けた。
「……あの日。迎えに来たドゥメリー公爵の事を知らなかったとはいえ、一緒に暮らす計画を白紙にしようと告げていたので、許していただけないと思っていました。ジュディに気づかなかった僕が悪いんですが」
「別にもう、気にする必要はないでしょう」
「許してくれるんですか」
「だってアンドレは、第二王子の保護を任されていたカステン辺境伯の元から離れてまで、わたしと暮らそうとしてくれたんでしょう。そんなことをよく言えたわね」
「どうしてもジュディと一緒にいたかったので。でも、あの時の僕も、まさか王宮でジュディと暮らすとは、想像もできませんでしたが」
「ふふっ、本当ね。寄宿舎のみんなも驚くでしょうね」
「ええ。ジュディの正体を知って、ナグワ隊長は青ざめていましたよ」
「ちょっと、それを他人事みたいに言っているけど、アンドレの正体を知った時の方が驚きが大きかったと思うわよ」
見透かしたように言えば、「確かにそうでした」と認識はあったようだ。くつくつと笑っている。
「あ~あ。流石にナグワ隊長から靴を買ってもらうわけには、いかなくなったわね。彼に、ただ働きをさせられたわ」
「どちらにしてもジュディの靴は、僕が贈っていましたけどね」
「はい? どういうことよ」
「他の男に買ってもらったものを、ジュディが身に着けているのは許せませんから」
「別にいいじゃない」
誰から何を買ってもらおうと、関係ない気がしてそう口にした。
だが、彼から急に笑顔が消え失せると、二人の空間がピリつく程、真面目な顔をする。
「ジュディの返答次第で捨てようと思っている物があるんですが、伺ってもよろしいですか?」
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