89 気づいていない②
「だけどリナは? あの子はフィリベール王太子と婚約したんじゃないの? 王室としてはそれに責任を持たなくていいのかしら。だとしたらアンドレと――」
アンドレの名前を出した途端、最後まで言わせてもらえず、彼が話し始めた。
「ジュディの口から、その先は聞きたくないです。僕に他の女性を勧めてくるなんて、寂しいですよ」
「だって」
「彼女は黒魔術に手を出していたので、気にする必要はありません。今までは上手く隠していたようですが、聖なる泉に浸かり、それが明るみに出ましたから」
「嘘……黒魔術って、リナが原因だったの⁉」
「そうですが……ジュディは、リナ嬢が原因だとは思わなかったんですか?」
「記憶を思い出してからそのことを考えていたけど、てっきりお義母様かと思っていたわ。わたしを酷く嫌っていたから。それに、いつも首の詰まった服を着ていたし、黒魔術の跳ね返りが現れていてもおかしくないなと思い起こしていたのよね」
「では、そちらも調べる必要がありそうですね。瘴気の原因となる黒魔術の使用は処刑以外ありませんから」
「どちらにしても黒魔術は使って時間が経てば、体に証拠の痣が現れてくるから、すぐに解決するわね」
そう言うと、なぜか、アンドレは浮かない表情を見せる。
「それが……少々問題がありまして」
「何が?」
「闇魔法の存在を知っているリナ嬢が、嘘か本当か分からない遠隔魔法を使えると言い張るので、少し厄介でして」
「リナってば、また嘘ばっかり言うんだから。遠隔魔法なんて、あるわけないでしょう」
「そうだとは思うんですが、リナ嬢が昼も夜も関係なく、祈祷室から出せと大騒ぎしていて、僕の悩みの種ですよ……」
「え? 待って、待って、待って、『昼も夜も』って、どういうことかしら?」
さっぱり意味がわからない。詳細を求めたくて、目をパチクリさせる。
「僕がここに来た時には、すでに祈祷室に監禁されていたんですよ」
「は? 祈祷室に⁉」
「ええ。国の周囲に結界を張ってもらうために、外部との関係を切って、リナ嬢を閉じ込めておくのが、当初は都合が良かったんですよ」
「それでリナが騒いでいるの?」
「ええ。一度出してしまえば、二度と祈祷室には入ってくれないので。今、結界が消失すれば、この国は持ちませんからね」
「三日かぁ……。それだけあれば、リナの魔力は、攻撃魔法が出せるくらい溜まっているでしょう」
「はい、初めはガラス玉を寄越せと騒いでいたのに、昨日あたりから、全く言わなくなりましたから、恐らく」
「あの子のことだもの、感情的になったら、祈祷室を壊しそうなものだけど。よくあのリナを説得できるわね」
「んん~、まあ、それには色々あって……なんとか今日まで祈祷室を壊されずに、乗り越えています」
彼が、歯切れの悪い口調で何かを誤魔化した。
「それなら今すぐ、わたしの魔法契約を全て解呪してくれないかしら」
「言われると思っていましたが、今は止めておきましょう。魔法契約を一つ切って三日眠ってしまったので、体力も落ちているはずです。魔力の回復の原理を考えると、今晩、ジュディが眠っている時に解呪しましょう。あと、その……避妊の魔法契約は、僕のタイミングに任せてくれませんか?」
「分かったわ、いいわよ」
「珍しく、聞き分けがいいので助かりました」
「失礼しちゃうわね。いつも聞き分けはいい方よ」
「それで……その手は何を意味しているのでしょうか?」
彼に向って手のひらを向けているのだが、怪訝な口調で訊ねられた。
「リナみたいでこの台詞を言うのは嫌だけど。わたしの持っていたガラス玉をちょうだい。瘴気だまりを浄化するなら、その魔力があれば十分だから」
「ガラス玉はジュディに着せた、その上着のポケットに、いくつか入っていますよ。だけど、瘴気だまりの浄化は無理しなくて構いませんので、ジュディの魔力が戻ってからにしましょう」
彼は状況を見極めたうえで言っているのだろうし、それならお言葉に甘えてもいいかもしれないなと考え、気になったことを訊ねる。
「そういえば、アンドレはどこで眠っていたのかしら?」
「僕のことが気になりますか?」
「べ、別に。自分の心配よ」
「ジュディを抱き締めて横で眠りたかったんですが、あなたの許可がないので、ソファーで寝ていました。ジュディと離れていたので寂しかったですよ」
「それって、問題じゃない!」
するとアンドレが嬉しそうな笑みを見せる。
「そうですね。それでは今晩から一緒に寝ましょう」
「は? それは、もっと問題じゃない」
「どうしてですか? 僕たちは会ったその日に一晩中一緒にいたんですよ。もう何度もジュディの寝顔を見ていますし、僕を寝台代わりにしていたジュディが言うのは、今さら過ぎませんか」
「寝台になんて……」
「していたでしょう。僕のことが温かかくて離れたくないって、言っていましたからね。もちろん、ジュディも温かったですよ」
いや、いや、いや。嘘をつけ。
アンドレはあの湖畔で、体が痛いと文句を言って、「避けろ」と追い払ったはずだが……。
まずいわね。森の中でわたしから小枝を投げつけられた恨みは、思った以上に根深いのかしら。
アンドレってば、わたしを揶揄って遊ぶのを、一向にやめてくれないんだけど。
まずは彼から逃げるべし。そう考えて名案を告げる。
「わたしの部屋があったはずだから、そちらで眠るわ」
「いいえ。リナ嬢が謎な遠隔魔法の話をしているんです。夜は警備が手薄になりがちですので、僕の傍が一番安全です。魔力のないジュディが独りでいることは、許可できません」
「遠隔魔法なんて、存在しないでしょう」
「そう思いますが……。否定しきれない以上、僕がジュディを保護するのは、陛下の命令でもありますし」
陛下の命令と真剣な口調で言われれば、こちらが折れるしかないかと、不承不承ながら承諾した。
「分かったわよ。わたしがソファーを使うわね」
「では、ジュディの着替えを手伝うために使用人へ声をかけて来ますので、ここで待っていてください。少ししてから僕も戻りますから」
わたしの言葉をさらりと無視した彼は、さっとソファーから立ち上がり、部屋を後にした。
◇◇◇
お読みいただきありがとうございます!
珍しく、昨日の夜にも投稿しておりますので、もし、そちらをお読みでなければ、前話をチェックください。
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