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85 あなたが好きです。……は?①

 バチッと真紅の瞳と目が合った。

 ――自分の勘が外れ、まさかのフィリベールだ。せめて何か羽織っておくべきだったと、うっすら透ける体を隠そうとくねらす。


 すると、着ていた上着を脱ぎながら彼が駆け寄ってきたため、手篭めにされる確信を得て恐怖に襲われる。やだ、逃げなきゃと、視線を外す。


 目についた扉へ逃げ込もうと考えたが、逆に危険を感知し、その場で踏みとどまった。


 無言で近寄るなと訴え続けていたのに、彼が、わたしに上着をふわっとかけてくるものだから、思わず「え?」と、惚けてしまう。

 そんなさりげない気遣いから、フィリベールとは別人だと感じ力が抜ける。


 この場所にいるはずのない彼が、見たことのない姿をしている。それだけで、このまま王宮に残るのだと理解した。


 初めて見るアンドレの本当の姿は、フィリベールにそっくり、そのままだ。


 赤い瞳に赤い髪で、紛れもなく王族だと証明している。

 それならばと、丁重に向き直る。


「目が覚めていたんですね。まだまだジュディの眠りが深かったので、起きるのはもう少し先かと思い、独りにしてしまい、申し訳ないことをしました」


「いいえ、気になさらなくて結構ですわ。それよりも、わたくしの方があなたにお礼を申し上げないといけませんもの」


「あ……。ジュディット様。すっかり記憶が安定したのですね。それは良かったですが……」


「あなたのおかげですわ。何も知らず疑ってしまい、大変申し訳ないことを口にして、あなたに見苦しく当たり散らしてしまいました……アンフレッド殿下」


「はは、さすがです。どのように説明しようかと悩んでいたのですが、その必要はありませんでしたね」

 少しだけバツが悪い顔をする彼に、気にする必要はないと柔らかい微笑みを返した。


 そして周囲を見回しながら、彼に問いかける。もちろん、訊ねにくい本題を後回しにしてだけど。


「ここは殿下の部屋でしょうか? 使わせていただきありがとうございます。それにこの寝巻きは誰が着せてくれたのでしょうか……」


「僕の部屋で間違いはありませんが、僕も使うのは初めてですので、自分の部屋というのは、まだまだ馴染みませんけどね。それと、ジュディット様の着替えを手伝ったのは侍女たちで、僕ではありませんから安心してください」


 よかったと安堵した感情は、さらっと笑って誤魔化した。


「ふふっ。彼女たちのおかげで、殿下に見たくないものを見せずに済んで良かったですわ」


「見たくないなんて、そんなことはありません。見たいです……あっ、何でもありません」

 わたしを気遣い、取り繕った彼は「失言した」と、顔を赤くしている。


「気を遣ってくれなくても結構ですわ。アンフレッド殿下の気持ちは分かっておりますので」


 にこっと、優しく微笑む。

 シャワーのお湯が出せずに騒いだ時。見たくもないものを見せられて迷惑していると言われたのを、鮮明に覚えている。


 ジュディの時は、彼から離れてはいけない焦燥感にかられていた。だけど、すっかりその感情は消え失せた。


 相当迷惑をかけたが、もう彼に無理をさせる必要はないのだから。


「いいえ。多分あなたは僕の気持ちを誤解したままです。僕の気持ちをしっかり、あなたに伝えておりませんので」


「何度も伺ったと存じますが?」

「それは……正しくない話も混ざっているので」


「正しくないと仰いますと?」

 首を傾げて訊ねた。


「僕はずっと、ジュディット様が好きでした。恋をしてはいけない存在だと分かっていたのに。そして、その気持ちをジュディに重ねて見ていて。僕は結局、どちらのあなたにも惹かれていたんです」


「えっ? またまたご冗談を仰るんですね」


「冗談ではありませんけど」


「ごめんなさい。まだ頭が混乱しているようで、上手く返せませんわ」

 いやいやいや、アンドレは知っているだろうに。


 そもそもわたしは、遊び心の持ち合わせがないのだ。

 そんな人物へ、寝起きで高度な冗談を言うのはやめてくれないだろうかと、縋るような目を向ける。


「そんなに困った顔をしないでください。——そうだ、あなたの素はジュディなのでしょう。それなら、僕の前ではずっとジュディのままでいてくれませんか? 僕もあなたには、アンドレのまま呼んで欲しいので」


「いけませんわ。ここに残っているということは、これからは第二王子として暮らしていくのでしょう。そのような方に気安くするのは許されませんので」


「ははっ。聞き分けが悪いのは、ジュディでもジュディット様でも変わらないんですね」

 一歩近づいてきたアンドレから手をとられ、甲に敬愛の口づけを落とされた。


 未だかつてない柔らかい感触が伝わり、頬が火照る。

 彼にときめいているのか⁉

 いいえ。今更アンドレにドキドキするわけがない。


 そうだわ。急に近づいてきたから驚いているんだ。それ以外あり得ない。ただの動揺でそれ以上の意味はない。絶対に。

 

「ちょっと何をするのよ! アンドレにそんなことされるとびっくりするでしょう。離してよ!」


「ふふっ、そうそう。その真っ赤になって怒るのがあなたらしいですよ。僕に余計な気遣いは要らないので、出会った時のアンドレとジュディのままでいましょう」


「そういう訳にはいかないわ」


「僕には素直なままでいてください。いいえ、我が儘な姿を見せてくれるのがジュディらしいからね」


「どうせまた、わたしのことを揶揄っているんでしょう。ナグワ隊長といいアンドレといい、勝手なんだから」


 あのエッチな寝衣の時と同じである。

 あれはナグワ隊長に揶揄われたが、今回はアンドレが冗談を言って騙そうとするのだ。二人してタチが悪い。


 この手のことは騙されやすいと、痛い勉強代を払ったばかりだ。


 元婚約者のフィリベールの時は、わたしの好きなお茶を淹れてくれたと、胸を温めた。。


 ……そうすれば、まんまと薬を盛られていたのだから。


 もう、いい加減騙されるわけにはいかない。これ以上、情けない思いをするのは勘弁願う。


「あなたが好きです」

「またまたご冗談を。その手には乗りません」


 ――それにしてもアンドレは随分粘るな。

 やはり、森でわたしに罵倒されたのを、相当根に持っているのだろう。


 さっきから半端なくしつこい。


 とりあえず、いつまで続くか知らないが、彼の気が済むまで言わせておくか。そう思って怒らずに受け流しておく。

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― 新着の感想 ―
[一言] 記憶もまとまって、ジュディは理解が早いようで何よりではあります。 でもやっぱりこじれますよねー。少なくともアンドレ>フィリだと思うので、何も無いときなら時間をかければ何とかなりそうですけど。…
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