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83 ジュディットの記憶の修復②

「……不思議だわ。この現象があまり頻繁に続くようなら、何か対策が必要ね」


「そうですね。今後、ジュディット様が王太子妃となれば、今以上に忙しくなるでしょうから、我々騎士団と同行して、瘴気を浄化してもらうのも難しくなるでしょうし」


「そうね。妹のリナが対応できればいいんだけど、彼女だと、魔力が足りなくてお願いできないのよね……」


 妹の全魔力を使い切れば、浄化はできると思うが、そうもいかないから頭を悩ませている。


 妹は、「魔力が底をつくのが嫌なの~。魔物に遭遇した時にどうするのよ~」と言っては、瘴気の浄化へ同意しないのだ。


 それでも「聖女なのか」と説教したいところだが、確かに瘴気だまりへ向かへば周囲に魔物がいるのは否めないし、怖いのかもしれない。普通は。


 そんな我が儘な妹を思い出し、一段と深いため息が出る。


 すると、シモンから「申し訳ありません……」と、恐縮しきりな口調で言われてしまった。


「何が?」

「今日は、ジュディット様と王太子殿下の婚礼に関する、『禊の儀』でしたよね……。それなのに、騎士団との魔物の討伐を優先させてしまって」


「ああ……、まあ、本当はね……」


「王太子殿下にお渡しするハンカチを、徹夜で完成させたと、昨日、伺ったのに……」


 他人行儀な関係を払拭するために、何がいいかとシモンに訊ねたら、「刺繍を入れたハンカチを贈ってみては?」と、アドバイスをもらったものだ。

 ちゃんと準備したのにすっかり忘れていたせいで、ポケットの底で、ガラス玉に潰されしわくちゃなはず。


 今更渡せないなと思うわたしは、はにかんだ笑顔を見せる。


「ふふっ、慣れない事はするものじゃないわね。お互いに愛称呼びをしてみたくて、ちょっと背伸びをした刺繍を入れてみたんだけどね。殿下にはお渡ししない方がいいのよ。儀式は中止だし」


「中止ですか⁉ てっきり延期だと思ってました! そんなことなら、ジュディット様に森の奥まで同行してもらわなかったのに」

 彼が激しく動揺する。


「いいのよ。禊の儀は、月歴で決まっているから変更できないらしいのよ。結婚式の前には、もう満月は来ないし……。だけど、禊の儀をしなくても結婚はできるから」


「リナ聖女が、この瘴気の浄化に動いてくれていれば――」

 リナが森へ入るのを拒んだことに納得していないシモンが、唇をかむ。


「『瘴気が大きすぎるから無理だ』と、リナに言われてしまえば仕方がないわ。だけど、お父様は禊の儀が中止になったことを、怒っているだろうな……」


「ドゥメリー公爵様であれば、聖女についてご理解があるから大丈夫でしょう」


「どうかしらね」

 本当の話を聞かせるわけにもいかず、曖昧に返答した。


 聖女の加護があるくせに、わたしが自分の母を救えなかったことを、父はずっと恨んでいる。


 だけど、馬車で事故に遭遇した母に対面したのは、すでに母の息が絶えた後だった。


 聖女でもできないことは存在するが、それを理解できないようだ。


 そんなことを考えながら、シモンに視線を向ける。


「風刃!」

 あえて唱える必要もない魔法名を大声で張り上げる。

 目的は、わたしが魔法を使うことをシモンに伝えるため、わざと口に出した。


 わたしの声に反応して、同じ歩幅で進んでいた彼が、ピタリと止まった。


 そして、短い草が生えた地面に、トサッと小さな音が響き、シモンが音の先へ顔を向けた。


 足元に転がる芋虫のような魔物を見て、彼は一瞬で青くなった。


「こらシモン、危ないわよ。討伐が終わったからって油断し過ぎよ。あなたの肩に魔虫が乗っていたわ。わたしのことばかり気にしてないで、自分のことを見ないとね」


「あ、ありがとうございます。こんな近くに魔物がいたのに全く気付きもしませんでした」


「あら、それはもっと困った事態ね。心を澄まして魔力の気配を感じれば、ごくわずかな魔虫の魔力でも分かるはずだけど」


「いや、幼虫ですよ。こんな小さな魔物の気配に気付く方が無茶です。そんなことができるのは、ジュディット様くらいですよ」


 そう言って彼は、深々と頭を下げた。


「わたしも、魔物を一掃したと思い込んで、今の今まで気付かなかったのが恥ずかしいわ」


「いえ。撤収を判断したのは我々騎士団ですから。それよりジュディット様、お急ぎください。今なら禊の儀ができるかもしれませんよ」


「そうね」と返したが、きっと、シモンが期待するようなことにはならないわねと考えながら、歩き進める。


 ようやっと森を抜けたところで、乗ってきた栗毛の馬が目に入る。

 自分自身に身体強化をかけ、ひょいっと容易く馬の背に跨った。


「あ〜あ。お腹空いたなぁ。今日は朝ごはんを逃してしまったわね。そーだ! 明日は、魔猪を見つけたゲートへ向かうわよ!」


「魔狼の方がお金になるし、辺境伯領は無理ですからね。どうせ着く頃には逃げてますよ」


「結婚したら、悠長に出かけられないでしょう。今しかないのよ」


「いいえ駄目です。王都から一番近いゲートにしか行きませんよ」

「……つまんないわねぇ。じゃぁ一人で行くわ」


「明日はダチョウを探すよう、騎士たちに命じておきますよ。ダチョウなら、狩ってすぐに食べられますし」


「それなら明日はダチョウでいいや」と短く口にし、手を振った。



 彼へ丁寧に別れの挨拶をしなかったのは、これまで九年近く続けた日常が、当然明日もやってくると思っていたのだから――。



 そうして到着した王宮で、オレンジの香りがするお茶を飲んでいたのだが、フィリベールから激昂され、慌ててパチッと目を開けた!


お読みいただきありがとうございます!

作品のサブタイトルを「わたしを捨てましたよね」から変更いたしました。

最新話をお読みの読者様は、タイトルを回収してしまいましたので。

(当初の予定では、サブタイトルをなくそうと考えていましたが、変更してしまいました)

引き続き、よろしくお願いします。


ほぼ毎日投稿を始め、もう間もなく3か月。直前まで考えて投稿したい私は、予約機能を使わないので、毎日格闘です( ´∀` )

ブクマ登録、★、いいねや感想など、皆様の応援に大変励まされております。本当にありがとうございます!

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