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69 あなたは……わたしを捨てた人④

「ジュディ! ジュディだ。やっと見つかった。ずっと探していたんだよジュディ」

 それを聞いた瞬間、ぞくっと恐怖が襲う。


 激しく波打つ鼓動。わけも分からずアンドレの背中に隠れ、彼のセーターをぎゅうっと掴む。自然と呼吸が浅くなる。


 わたしを知っている人物が目の前にいる。

 誰? 何? 探していたってどういうことだ。

 状況から察するに、迎えに来たんだろうけど。

 全く彼を覚えてはいない。それなのに、声を聞いた途端に逃げなきゃと体が無意識に反応した。

 手がジンジンと痺れ、警鐘が心に鳴り響く。


「アンドレお願い。あの人を追い返して」

 喉の奥が張り付く感覚の中で、なんとか声を出した。

 ――胸がむかむかして……吐きそう。

 駄目だ。あの知らない人物に付いていってはいけない。そう体が反応する。


 わたしを必死に探してくれたなんて、本来なら嬉しいはずなのに、彼を見ても喜ばしい感情が少しも湧かない。それどころか憎悪が込み上げる。


「あなたはジュディと、どのような関係ですか? 今、僕が彼女の名前を呼んだのを聞いたから、『ジュディ』と名前を合わせただけですよね」


「私はジュディの実の父です。ジュディは、てっきり偽名を使っていると思っていたんです。これまで訪ね歩いた場所では、探している娘の名前を伝えただけで『そんな名前の者はいない』と門前払いされ続けたので。あえて名前をお伝えしなかったんです」


「そうですか……。ご家族がジュディを探していたんですか……」


「ええ。しばらく前に家を出たきりジュディが戻って来ないから、それからずっと捜し歩いていたんです」

 そう言い終えると、その男の声が一段と大きくなった。おそらく、アンドレの陰に隠れるわたしに言い聞かせるためだろう。


「ジュディ私だ! 父さんと一緒に家に帰ろう」

 力強く言われると、体がびくりとして、ことさら不安と恐怖が増した。


「あなたなんて知らないわ。帰らない」


「ジュ、ジュディ……。どうしてそんな――。ジュディのことを母さんも妹も心配しているんだ、帰るよ」


「だから、帰らないって言っているでしょう! わたしは、アンドレとずっと一緒にいるから、一人で帰ってくださいまし」


「何を言っているんだジュディ。父さんがどれだけ心配して、国中を探し回っていたと思っているんだ。我が儘を言ってないで、自分の家に帰るんだ」


 自称父親と名乗る人物と大声で言い合いをする状況を、アンドレは見かねたのだろう。

 発展しない会話に埒が明かないと仲裁に入ってきた。


「ジュディの父というのは、本当なのでしょうか? 彼女は記憶が曖昧で、正しい判断ができませんから。このままでは僕もジュディをあなたに託せませんので、あなたの身分を証明するものを見せてくれませんか?」


 訝しむアンドレが不審な男に詰め寄る。

 するとその男は、斜掛けにしている黒いキャンバスバッグへ両手を突っ込み、何やらごそごそと漁り始めた。


「生憎……身分証は持ち歩いていないんですが、娘を探すために家から持ち出した姿絵ならございます。随分と幼い頃に描いたものですが、面影は変わっていませんので探すのに使っておりました」


 アンドレの背中からひょこっと覗いて様子を見ていると。父と名乗る男が一枚の絵を差し出した。

 大きさは本の表紙くらいで、そこまでお金をかけたものではなさそうだ。


 アンドレとわたしの予想どおり、貴族のお嬢様の気配はない。絵が少々お粗末である。

 それに、この男の身なりも中級階級以下でしっくりくる。相当歩き回っていたのか、靴の皮が剥がれているし。


 その姿絵を戸惑いながらも受け取ろうとするアンドレが、ゆっくりと手を伸ばした。

 すると、それを確認した彼が背後まで聞こえるくらい大きな息を吐くと、わたしにも見せてきた。


「ジュディ、自分の目で確認してごらん。僕には、この姿絵はジュディにしか見えないけど」


 わたしがアンドレから古い紙を受け取ると同時。父らしき人物が瞳を潤ませ礼を述べた。


「娘が世話になっていたようで、なんてお礼を言ってよいか。無事に過ごしていたことが分かり、安心しました。ありがとうございます」


 突如現れた見ず知らずの男を、父ではないと否定したい。手入れされずにチクチクと生えた髭面。櫛も通していない乱れた髪の男の人へ、少しも懐かしい感情を抱けない。


 だけど、古めかしく安っぽい絵を見せられた後では、否定できそうにない。


 この絵の少女は……わたしにそっくりだ。

 琥珀色の瞳に、今よりも短い菫色の髪のあどけない幼子は、わたしではないと拒む方が難しい。


 悔しい。父ではないと言いたいのに、その一枚の絵が、彼との繋がりは真実だと主張してくる。


 もはや見間違うことなく自分だと思う。それは分かっている。

 その挙句、鉛筆で『ジュディ  六歳』と裏に書かれている。違うという方がおかしい。それくらい分かる。

 だが、それを言ってなるものかと、ぎゅっと唇を噛む。


 仮に目の前の男性が父であったとしても、彼とは一緒に帰りたくない。全身の毛穴が粟立っている。これも事実である。


「あの人が父だとしても、わたしは一緒に帰らないわ。アンドレと一緒にいる、ねっ」


「ジュディ……それはどうかと思うけど」


 アンドレが弱々しい口調で、わたしを説得しようとしている。けれど、そんなことをされたくないわたしは、ふるふると首を横に振る。


 そして、目の前の男に惑わされないで、早く買い物へ行こうと、彼の服をつんつんと何度も引っ張る。



☼+:;;;;:+☼+:;;;;:+☼+:;;;;:+☼

Happy Christmas⭐︎⭐︎

お読みいただきありがとうございます!

次話は、ジュディ!

その次から、アンドレに視点が変わります。


気づけば、クリスマス感のない緊迫した回になってしまったなと苦笑いしてます。


クリスマスイヴとはいえ、作者はスペシャル感のない1日を過ごす予定です。

皆さまにとって、素敵な時間になりますように願っております♫彡。.:・¤゜♫彡。.:・¤゜♫彡

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