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67 あなたは……わたしを捨てた人②

「来た来た、来たわよ。次から次へと『スープを作ったのは誰だ』って、真っ赤な顔でカウンターの所で大声を出していたけど、わたしが作ったと言ったら『凄くおいしい』って、全員おかわりをしていたわよ」


「ふ~ん。それならいいや」


 え? なんだろう。意味深な質問をしてきてと思い、じっと見つめる。

 ――その後も、わたしが作ったスープをアンドレが神妙な顔で食べるため、不安になって訊ねてみた。


「ねえ。上手にできたと思うんだけど、おいしい?」


「まあ、食べられなくはないですよ」

 彼はわたしを見つめると、満足気に笑った。


 そして、カチャンとスプーンを器に置くと、アンドレのスープはきれいに空になっている。一気に完食する程スプーンが進んだみたいだ。

 普段から遠回しな言い方をするアンドレだし、意味深な感想は「おいしい」ということだろう。

 そう思って、ちょっと大袈裟に言葉を返す。


「正直に、おいしいって言えばいいのに。本当、素直じゃないんだから」


 彼から嫌みがないだけましかと、スプーンでひとすくいして口へ運ぶ。


 ――その瞬間。

 自分が想像していた味と全く異なる味が、口いっぱいに広がる。そのせいで、頭の中が大混乱を起こした。


「あっま~い。な何これッ! 激マズじゃない。どうしてこれを完食してるのよ!」


「ふふっ。ジュディの好みの味なのかと思ったからね。記憶を思い出すヒントになるかもしれないのに、否定するのは悪いから」


「信じられない。兵士のみんなは、おかわりまでしていったわよ。……甘ったるくて、おいしくないのに」


「ジュディが作ったと知れば、文句は言えないだろうね」


「どうしてよ。わたしの方が、みんなから親切にしてもらって、お世話になりっぱなしなのよ。そんなわけないでしょう」


「その能天気な解釈は昔からなのかな? どう考えても連中は、ジュディの……いや、この話はまあいいや。今日は隊長から、どこに誘われたんですか?」


「ふふっ、聞いてくれる?」

「言いたくてしょうがないって顔をしていますよ」


「まあね! ナグワ隊長が靴を買ってくれるって言うから、このボロボロの靴から卒業するのよ」

 満面の笑みで答えた。


「そうですか。――そういえば、僕もちょうど靴が欲しかったんだ。一緒に行こうかな」

「あれ? そうなの? いつも綺麗な靴を履いている気がするけど」


「違う色の靴が必要なんですよ」


「昨日は冬用の寝衣が欲しいって見に行ったのに、結局、何も買わなかったじゃない」

「それは――。昨日は気に入ったものがなかったからね」


「あぁ! 分かったわ。アンドレもナグワ隊長から、ちゃっかり靴を買ってもらおうとしているんでしょう」


「は⁉ どうしてそうなるんですか……。全然違いますよ」

 呆れた口調で返された。そうでなければ、どういう理由だ。おかしいなと思うわたしは、疑問をぶつける。


「安月給だって、ぼやいていたでしょう。それなのに寝衣は結局アンドレに買ってもらったし」


「軍の予算から給金をもらわなくても、お金を得る方法はいくらでもあるからね。まあ、イヴァン卿の元を離れたら、同じ方法って訳にもいかないし、どうしようかなとは考えていますが……。それでも貯えは十分にあるので、生活に困ることはないでしょう」


「それって何をしてお金を稼いでいたのよ」

「ふふっ、それは内緒です」


「はいはい、そうですかぁ~」


 もう、アンドレが打ち明けてくれないから、分からないことばかりだ。

 こんなお荷物にしかならないわたしを抱えても、アンドレならどこでも暮らしていける自信があるのか……。

 魔力量の多い彼は、魔力至上主義社会で不安なんてないのねと羨ましくなる。

 だけどなぁ――。


「一つ聞いてもいいかしら」

「ええ、どうぞ」


「アンドレは、わたしのことが好きなの? だから一緒に暮らそうと言ってくれているの?」

 正直なところ。昨晩のアンドレからは、わたしを好きだという感情は伝わらなかった。

 特段、子どもを望んでいないというアンドレにとって、わたしという存在が、都合がいいくらいの感覚にしか思えなかった。

 そのせいかもしれないけど、彼の申し出が、どこか心に響かなかったんだと思う。


「笑わないですか?」

「もちろんよ」

「それなら――」

 躊躇いながら、彼が口を開く。

「……実は僕にも分からないんですけど……。なぜかジュディと一緒にいたいと感じてしまって。もしかして、好きなのかもしれないし、どうだろうか……」


「もしかしてって……。あのね。そんなはっきりしないなら、カステン軍に二人で残ればいいじゃない」


 わたしだって、アンドレに恋愛感情はない。

 だけどわたしもアンドレと一緒にいたいと思う気持ちはある。でもそれは、この場所で暮らしていくだけで十分だ。何もわざわざ違う場所へ行く必要はない。


「僕にも事情があって、それが許されないんです」

「その事情は教えてくれないのかしら?」

「申し訳ありませんが、それはジュディでも教えられません」

 苦笑する彼は、この期に及んでまだ何も言えないと。

 それは随分と滅茶苦茶な話に思える。わたしだってアンドレと一緒にいたいのは変わらない。

 けれど、自分を信用してもらえないのなら、二人で新しい生活を送るなんて及び難い。


「二人で暮らすことが、アンドレにとって本当にいいことなのか分からなくて……」

「僕は真剣だけど」

 よどみなく言い切った。



お読みいただきありがとうございます!

現在、次話を推敲中。

ついに登場…。


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