6 出会い③
男性の大きな声が耳に届き、ハッとして目を開けた。
すると目の前には、こちらをじっと見つめるアンドレの顔がある。その上には水色の空も。
芝に寝そべっていたはずなのに、どういうわけか、目が覚めると彼の胸に顔を埋めており、彼の肌触りのいいセーターが、頬にやわらかく触れているではないか!
エエェェー。なんで彼の肩を枕にしているのよ‼︎
「きゃあぁ――。な、なんですの!」
握りしめていた彼のセーターを離し、慌てて起き上がる。
そうすれば、厄介者がようやく離れたと安堵する彼も動いた。
「大きな声を出すのはやめてください」
「やだ、寝ているわたしに何をする気だったのよ! 変態! 痴漢!」
「その言い方……お宅のことを心配して損しましたね」
「心配?」
「お宅に警戒心はないんですか?」
「そりゃぁ~あるわよ」
「その割には軽率ですね。妙齢の女性がこんな所で、すやすやと眠りこけて……危ないですよ」
彼は周囲を気にするように見回す。
それに続くように辺りを見れば、老齢夫婦の仲睦まじい姿の他に、兵士だろうか? 隊服の男たちが、やたらと多い。
彼らはこちらを窺うようにしながら、こそこそと何か喋っている。
「アンドレがどうしてここに?」
「どうしてもなにも、黙って見ていれば、お宅がその辺で寝るからですよ。致し方なくお宅の様子を見張っていただけです。お宅……本当に仲間はいないみたいですね」
「だから言ったでしょう、詐欺師じゃないって」
拗ねたように言えば、アンドレが「疑ってすみませんでした」と、面目なさげに苦笑いを見せる。
「だけど──あんなに怒っていたのに、一晩中、一緒にいてくれたの?」
「あ……まあ……。拾ってきた手前、気になったので」
「ふふっ、随分と暇なのね」
「……あのねぇ。すぐに起きると思って待っていたんですよ。結局、朝まで眠り続けるって……。お宅は、どういう神経をしているんですか。おかげで僕の体が痛くて仕方ないですよ」
そう言うと、彼がふいっとわたしから顔を背ける。
「頼んでもいないのに、ご親切にありがとう。だけど、今は何時ですの?」
「朝の八時ですが、お宅のその言い方……。僕に少しも感謝していませんね。全く呆れた方です」
「別に感謝はしているけど……。お宅って……酷い呼び方をするからですわ」
「だったら何て呼べばいいんですか?」
「う〜ん、おかしいわね。今だにちっとも思い出せないわ。あはは」
「笑い事じゃないでしょう。名前も名乗らないくせに、要求だけは偉そうにして。そういえば、何か名前の分かる物を持っていないんですか?」
少しイライラしている彼は、外套のポケットへチラリと視線を向け、気遣わしげな質問をした。
一方のわたしは彼に聞かれてハッとする。
頭の中が混乱していたせいで、そんな初歩的なこともせずに、一晩経過していたのだ。
アンドレは面倒そうな顔を向けているけれど、見知らぬ女の身を、一晩中案じてくれるなんて、きっと悪人ではないだろう。そんな気がする。
「確かにそうよね。何か入ってないかなぁ──」
と、浮かれ気味に外套に付いている左右のポケットへ、同時に手を突っ込んだ。
すると、手に触れるのは、硬くて丸い小さい何か。
身分証の一つでも入っていることを期待して、ポケットの口を広げて覗き込むけど、全くもって期待ハズレだ。
なんの役にも立たなそうな、青いビー玉がいくつも入っている。
何これ? 残念すぎる所持品が、無駄にいっぱい入っているんだけど。
意図的に集めていたのだろう。それくらいの量がある。
見せたところで意味はないだろうと思いながら、とりあえず一つ摘まんで彼に見せる。
「何だろうこれ?」
「大司教のガラス玉……ですね」
「大司教のガラス玉って……何?」
「この国の道具は全て、魔力を通して動かすのは知っていますか?」
「ええ、もちろん。それくらい知らずにどうやって暮らしてきたって言うのよ」
「その言い方……。名前は知らないのに本当、偉そうな方ですね」
「偉そうね……なんでだろう」
「それに、お宅のその記憶、随分と都合よく忘れていますね」
「何よ。このビー玉と道具の話は関係ないでしょう」
「関係あるからお伝えしたんですけどね」
「このビー玉が⁉」
「ええ。この国では、魔力がないと生活がままならないでしょう。そういう人たちを救うために、大司教が魔力を固めて無償で配布しているんですよ。それがそのビー玉みたいな『大司教のガラス玉』です。お宅がガラス玉を持っているってことは、魔力が元々ないんでしょうね」
少数派の魔力なしに遭遇したのがよほど珍しいのか、しつこいくらいに観察される。
「ねぇねぇ見て。両方のポケットにぎっしりと入っているわ」
両方のポケットのふくらみを強調させて、「ほらっ」と、アンドレに見せる。
それを目にした彼が顔を引きつらせ、急に冷めた視線で見つめてくる。
「……何者ですか? 仮に魔力なしでも、そのガラス玉が一つあれば、上級魔法でさえ余裕で発動できるんですよ。魔道具を動かすだけなら、一か月は困らない魔力の塊をそんなに持っているって……」
「えっ! そうなの! すごいわね」
宝の山に違いないと察し、喜んだ声を上げる。
だが、そんな浮かれた空気が一変。またしても彼がピリピリとした空気を放つ。
「ふっ、とんだお馬鹿な人物ですね。お宅は呑気に言っていますが『大司教のガラス玉』を闇で売って、犯罪まがいのことをしていたんでしょう」
さめざめとした口ぶり。
アンドレはまたしても、犯罪者説を唱え始めたのか。しつこいな。
「何を言っているのよ。きっと違うわ」
「記憶がないのに何故違うと言い切れるんですか? どうみても、個人の所有量を越えていますよ、それは……」
「ちょっとぉ、怖い顔をしないでよ。どうしてか分からないけど、いっぱい入っているんだもの……。だけど多分、そんな悪いことはしていないわ」
「そこまで言うなら、さっさと立ちなさい。お宅の魔力を確認する」
「急に何よ!」
本気で怒っているのだろう。声が大きくなったアンドレが、わたしを無理やり立ち上がらせると、ぐいぐいと腕を引いて歩き始めた。
「ま、待っててば……」
「大司教のガラス玉を売るのは法律で禁じられているんです。お宅が『魔力なし』でなければ。間違いなく金儲けのために貰ってきたか……あるいは僕の……」
「何ッ! 何?」
再び詐欺師の容疑をかけられているのか⁉
初めからぐちゃのぐちゃの頭の中が、アンドレの取り乱す様子を目の当たりにして、さらに混乱を起こす。