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66 あなたは……わたしを捨てた人①

 今朝の食堂は、随分と騒がしかった。

 兵士のみんなが、ジュディ特製スープを気に入り褒めそやすものだから、気を抜く暇がなかったのだ。


 大半の兵士たちが食事を終え静かになった頃に、ナグワ隊長が食堂に顔を出した。

 昨日は昼も夜も食堂に現れなかったのだ。やっと来たわねと思うわたしは、自分から元気に声をかけるつもりでいる。

 昨日逃げたことを、一言物申さなければ気持ちが晴れないもの。


「おはようございます。今日は随分と遅かったですね」


「はは。昨日の夜はあまり眠れなかったもので、寝坊をしてしまいました」


「ふふっ。昨日はあのあと、どんな楽しいことをしてきたんですか?」


「いや……あっ。そ、それはですね――。立ち直れなくて、部屋で寝込んでおりました」

 嘘をつけ。さっきは「眠れなかった」と言っただろうに。ナグワ隊長のあまりにも酷い動揺っぷりを目の当たりにし、これは触れたらまずいやつだと察する。


 おそらくだが、隊長は隣の領地まで行き、娼館にでも行ってきたのだろう。


 娼館宿は、このカステン辺境伯領にはないと、エレーナから聞いた。

 非番申請までしたナグワ隊長の予定がそれでも、止めはしない。ただ、わたしのパジャマ代を置いていけばよいだけ。

 そうしてくれたら服屋で情けない声を出さなくて済んだのにと、むすっとした。


 すると、ナグワ隊長が肩をすくめ、恐縮しきりに頭を下げた。


「昨日は途中で帰ってしまって、申し訳ありませんでした。昨日の埋め合わせと言ってはなんですが、ジュディちゃんの靴でも買いに行きませんか? 相当痛んでいるので、新しいものがあった方がいいと思いまして」


「本当ですか! 行きます! 今日こそは絶対に買ってくださいね」

 魔猪狩りに同行する条件が、わたしの必需品を買ってもらうことだから権利はある。

 ナグワ隊長の財布を頼りにしていたのに、結局、アンドレに買ってもらったのだから。


 そのうえ、アンドレが抱く必要のない責任を感じ、魔力なし、記憶なし、お金なしの、ないない尽くしを、このまま引き受けてくれようとしている。


「では、昨日と同じ時間に出発しましょう」

「分かったわ。そうそう、今日の夜は魔猪の肉でバーベキューをするから、遊びに行っちゃ駄目ですよ」


「ああ、先日の魔猪ですね。ジュディちゃんのおかげで、我々第一部隊は回収だけで終わりましたから。今日は準備から手伝わせてください」


「まあ、頼もしいわね。そういえば、あれから魔物の侵入はないんですか?」

「幸い、あの日だけでした。魔虫の目撃情報もパッタリとなくなって、以前同様の結界に戻っているようですよ」

「よかったわ。それなら安心して、夜は外で食べられるわね」


 な~んだと、ほっとする。

 カステン辺境伯領で暮らし始めて早々。魔猪が侵入してきたのが気がかりだったのだ。


 もしものために、ガラス玉を布団の中に持ち込んでいたのだが、朝になると、決まって割れてしまうのだ。悲しいことに。

 決して、わたしの寝相が悪いから割れた訳じゃないと信じたい。脆い素材がいけないのだ。

 今は売るほどあるからいいけど、すぐに割れるなら、枕元にも置いておけないじゃない。ちょうどそう考えていた。


 この先。絶対に会う機会はないと承知だが、魔力の結晶を作っているドゥメリー公爵家のご令嬢に会う機会があれば、その辺りを改善してもらうように願い出たいところである。


 とはいえ、そんな高貴なお方へ、まかり間違っても声をかける機会はない。不毛な想像は止めておこう。


 とりあえず結界が安定しているのなら、眠る時はガラス玉を机に置いもいいかもしれない。うん、今晩からはそうしよう。

 タダで貰えるとはいえ、割れてばかりでは流石にもったいないし。


 ◇◇◇


 兵士たちの姿もすっかりなくなり、厨房の中の皿洗いも綺麗に終わった。


 待ち人は来ないし、そろそろわたしも朝食にしようと思ったそのときだ。物腰の柔らかい声が響いた。


「あっ、いたいた。兵士たちは、みんな食事が終わったみたいですね。ジュディはまだ食べてないでしょう。ご一緒してもいいですか?」

 優しい笑顔を見せるアンドレが、厨房と食堂を繋ぐカウンターから覗き込む。


「うん、そうしましょう。アンドレが来るのを待っていたのよ」


 形よく焼けたオムレツに、濃い色の緑のサラダ、オニオンスープと小さなパン。それが今朝のメニューだ。


 彼が来る前にあらかじめトレーに並べていたのに、来ないから片付けるところだった。最後に駆け込んで来てくれてよかった。


 そのトレーをカウンターに二つ乗せると、何も言わずにアンドレがテーブルに運んでくれる。


 わたしも、急いで厨房を抜け彼を追いかけた。

 既に貸し切りとなった食堂である。適当に目に付いた位置に彼が腰掛け、向かいの席に遠慮なく座る。


 そうすれば彼が「いただきますね」と発し、わたしを見つめて微笑んだ。

 それに合わせるように「いただきましょう」と伝えると、二人同時に食事を始めた。


 すると、スープを一口食べたアンドレから、とても怪訝な顔で質問された。

「ねぇ。兵士たちはこの朝食を口にして、何か言ってこなかったですか?」

お読みいただきありがとうございます!

次話はこの続き。

引き続きよろしくお願いします!

いいねやブックマーク登録をありがとうございます<(_ _)>

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