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59 離したくないあなたは……僕の暗殺者⑦


 そういう関係とはどういう関係を想像しているのかは知らないが、カステン辺境伯領に辿り着いた翌朝。寝ぼけたわたしが、アンドレにしがみついていた情けない姿は、湖畔を行き交う兵士たちに見られていた。


 隊長だって知っているでしょうに? うん、おそらく知っている。その件で兵士に絡まれ、パフェを食べ損ねたのだ。


 アンドレの嫌味に、いちいち白々しいことを言わないでよね。その言葉を制しようとして「隊ちょ——」と言いかけると、アンドレがわたしの言葉へ重ねるように続けた。


「ええ、そうですよ。ご存じありませんでしたか? 甘えるジュディが僕を離してくれないんですよ」


「そ、それは……」

 隊長がくぐもった声を出す。


 あの日のアンドレは、なかなか起きないわたしに苛立っていたのは事実だが、未だにその件を根に持っているのだろうか。随分と嫌味な言い方をする。


 だけど最近の悩みの一つである『寝相が悪い』を指摘されたことには、どきりとした。


 アンドレはしれっとした顔をしているが、どうして知っているのだろう⁉

 わたしの寝相が悪いせいで、枕元のガラス玉が毎晩割れているのは、誰にも打ち明けていないのに。

 まさかわたしの部屋を覗いたんじゃないでしょうねと、アンドレを睨みつける。


「ちょっと、誤解されるようなことを言わないでよ!」


「僕は嘘を言ってないし、どこに誤解があるのか分からないけど。昨日も僕がベッドへ運んだし、シャワーのときだってねぇ……。いつも甘えてくるのは誰ですか? ジュディでしょう」

 小首を傾げるアンドレが笑った。


 すると驚愕の顔を浮かべるナグワ隊長が、そろりそろりと後退し、態度を翻したのだ。許しがたいことに。


「ジュディちゃん、アンドレ殿。俺はこのあとに用事があることをすっかり忘れていたよ。ははっ、ははっ。急いで行かなければ間に合わないな。申し訳ないが埋め合わせは、またの機会に。ははっ、ははっ……」


「えっ! ちょっと待ってよ――」

 今日は隊長からパジャマを買ってもらうのだ。お金を払ってちょうだいと思うわたしは、驚愕の声を上げる。

 だが彼は振り返ったものの、戻ってくる気配は微塵もない。


 こちらは銅貨一枚持っていない。大事なお財布を逃がしてなるものかと慌てて引き止めたのだが、泣きそうな顔を向けられただけ。

 そんな顔をされれば、それ以上の言葉をかけられるはずもなく、渋々ながら諦めた。


 確かに今日の隊長は、とてもお洒落な服装をしていたんだし、何か用事があるのは勘づいていた。だけど、いろんな意味で矛盾がすぎるわよ。


 馬車の中でわたしをお茶に誘っていたのはどういうことだろうと理解できず、目をパチクリさせる。


「……ねえ。わたしのパジャマはどうしてくれるのよ」

 ぽつりと呟くと、アンドレが気の毒なものを見るような目でわたしを見つめた。


「ジュディは寝衣がなくて困っているんでしょう。僕が買ってあげるから、好きなのを選んだらいいですよ。他にも欲しい物があれば遠慮はいらないからね」

 直前まで嬉しそうに寝間着を見ていたわたしに、同情してくれたのだろう。

 安月給だと言ったアンドレが、大きく出た。


「え、だってワグナ隊長が、パジャマを買ってくれるって約束してくれたのよ!」

「いいですか。いくらジュディに深い意味がなくても、男を勘違いさせる物を強請るのは止めておきなさい」


 怖い顔でピシャリと怒られた。

 何を勘違いさせるのか分からないし、アンドレだって男でしょうに。


 あなたならいいのか? という疑問は拭えないが「分かったわよ」と適当に相槌を返した。


 わたしだってパジャマを買ってもらうのに必死だ。そうでなければ、また今晩もシャツ一枚にパンツ姿で寝なければいけないんだもの。この機会を逃してなるものか。


 まかり間違って彼に「安月給なのに悪いわよ」と正論を口走り、またしてもパジャマを逃す訳にいかない。


 自分の欲望のため大いに打算が働き、賢明に立ち回ることにしたのだ。

 

「何色にしようかな」とアンドレへ訊ねると、「白以外がいいな」と返ってきたので、落ち着いた色合いの紺色のパジャマをアンドレに買ってもらった。

 

 ◇◇◇



お読みいただきありがとうございます!

次話は、ジュディ。

それからフィリベール視点へ!

いよいよ核心へと近づいていきます。

王子たちの運命はーー。


引き続きよろしくお願いします!

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