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54 離したくないあなたは……僕の暗殺者③

◇◇◇


 兵士の部屋へ入った直後。さてどうしたものかと時が止まる。

 

 全く予期していなかったのだが、いざシーツを敷こうとベッドの前に立つと、どうしてよいのか分からない。


 アンドレが一緒にいなければ、わたしはどうするつもりだったのだろう。情けない。


 横に立つアンドレの顔をちらりと窺えば、困惑するわたしとは裏腹に、目尻を下げる彼は妙に楽しげだ。


「どうかしましたか?」と尋ねられ、気まずい空気が流れる。


「ねえ、ちょっと申し上げにくいことを伝えしてもよろしいかしら」


「ジュディが言いたいことは、大体の察しがつきましたが、まあ、聞いてあげましょう」


「それなら遠慮なく言うわね」

「どうぞ」


「シーツって、どうやって敷くのかしら? 上に乗せるだけじゃないわよね。全く分からないんだけど」


「くくっ。相変わらず残念すぎるまだらな記憶ですね」

「変ねぇ……」


「だけど、ジュディがシーツを剥がしていたんでしょう」


「あのときは急いでいたから、やっつけ仕事で引っ剥がしてしまったのよ。ちゃんと見ておけばよかったわね」


 わたしとしては至って真剣なのに、クツクツ笑うアンドレがやたらと楽しそうにしている。


 笑わすつもりはない。止めてよねと、彼をじぃーっと見つめる。

 何度も言うが、わたしは至って真面目だ。


「くくっ。どうやって記憶を失うと、そんな都合よく忘れられるんでしょうか」


「そんなのは、わたしが聞きたいわよ。ほらっ、自分から付いてくるって言ったんだから、分かりやすく教えてよね」


「教えてもいいですが、ジュディが敷いたと伝えれば、上に乗せるだけでも誰も文句を言わない気もするけどね」


 ――またしてもこれだ。


 適当な仕事の犯人をわたしにすれば、万事大丈夫と押し付ける手法である。

 日ごろ真面目なくせに、なんの根拠もない自信を持ち、大雑把な提案を平気で言い始めた。


 それではわたしが納得しない。断固拒否だ。


「アンドレはわたしのことを勘違いしているわね。こう見えても完璧主義なのよ。適当な仕事はしたくないの」


「へぇ~、完璧主義ね。それは僕としては困ったものですが、主義としては僕も同じなので、ちゃんとやりますか」


 気合の入ったアンドレから、「さあそっちを持って」と洗い立てのシーツの端を持たされた。

 マットの下に折り込んで、端は三角形に角を作るらしい。


 いざと意気込みベットの両サイドにそれぞれが立ち、マットレスを持ち上げシーツを折り込んだ。

 すると、すぐさまアンドレの指導が飛ぶ。


「ジュディ! 引っ張り過ぎです!」


「そんなことはないでしょう。これくらいないと、ちゃんと折り返せないもの」


「こっちは全然足りませんよ。見てください、綺麗に折り込んだのに、ジュディが無理やり引っ張るからマットが出ていますよ」


「あら……変ねぇ。つい夢中になって見えていなかったわ」


「これまでだってシーツくらい敷いたことがあるでしょうに」

「う~ん、やっていれば感覚が戻るかと思ったけど、さっぱりだわ」


「くくっ、もう面白くてお腹がよじれそうです」

 またしても、わたしを揶揄う。


「ちょっと失礼しちゃうわね」


「だって、『魔法は使えない』とぶつぶつ文句を言っておきながら打ち込んだ雹弾は、寸分の狂いもなかったのに。シーツは本当に敷けないんですから。とんだ雑役兵ですよ。くくっ」


「まさか、クビにしたりしないわよね」

 アンドレを見つめ、恐る恐る口にする。


「しませんよ。森でジュディを拾ったよしみですから、とことん付き合ってあげますよ。明後日の夜は、ジュディの歓迎会だってエレーナが言っていましたし、ずっとここにいてください」


 柔らかい笑顔を見せるアンドレに、「助けて欲しい」と、自分の胸騒ぎを打ち明けたい気持ちに駆られる。

 まるで彼に縋るように口が自然と動いていた。


「あのね……」

 と、弱々しく言いかけてみたものの、少し前の出来事をハッと思い出したため口を噤む。

 イヴァン卿に釘を刺されたのだ……。危なかった。


「うん? どうかしたんですか?」


「いいえ、魔猪を食べるのが楽しみだなぁって」

「そうですね。ジュディは捕獲者だから、たくさん食べるんですよ」


 その後、魔猪について熱く語りながら、雑役兵の仕事をこなしていった。


◇◇◇

お読みいただきありがとうございます!

次話は、フィリベール!

いよいよ彼が動きそうな予感⁉︎

引き続きよろしくお願いします。

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