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42 気づかない二人①

 厩舎の前に着くと、わたしの到着に気づいた隊長が、にっこりと嬉しそうに笑い「こっちこっち」と手招きする。


 それに誘われるように歩みを進めるわたしは、アンドレの前を素通りしてナグワ隊長に笑顔を返す。


「ジュディさん! 待ってましたよ」

「遅くなったわね」

「そんなことはないですよ。出発する準備は整っていますからすぐに向かいますね。俺の馬に一緒に乗っていきましょう」


「ふふっ、馬くらい自分一人で乗れるわ」


「いや、そうだとしても一緒にいた方が話もしやすいでしょう。ジュディさんの話も聞きたいし」


「わたしも隊長から、いろいろ教えてもらいたいわ」

「手取り足取り、何でも教えてあげますよ」


「助かるわ」と笑顔で返す。

 知らないことに溢れるわたしにとって、願ってもない申し出ににんまりした。


 何より、本日の目的である魔猪を見つけたときにも動きやすいはずだ。

 そう思ってナグワ隊長と共に彼の愛馬へ向かおうとすれば、ガシッと手首を掴まれた。


 その正体を見ると、ムッとした顔のアンドレだ。

 眉根を寄せる彼は、コーヒーゼリーの件を引きずっているのだろう。そう感じるくらい、相変わらず不機嫌な顔をしている。


 もう二度と彼のために余計なことはしない。

 アンドレにそう誓った以上、むし返す気はさらさらない。

 わたしとしては彼の話を聞きたくないが、一応、用件だけ訊ねてみた。


「どうしたの?」


「僕はジュディと仕事の話をしたいので、僕の馬に乗るといいですよ」


「どうせ話なんてないでしょう。もし本当にあるのなら、戻ってきてからゆっくり話した方がいいんじゃないかしら」


「どちらにしても、ジュディが隊長の馬に乗るのは許可できません」


「どうしてよ?」

「ジュディは僕と同じく、ただの同行者でしょう」


「そうだけど、ナグワ隊長が一緒に乗ろうって勧めてくれているのよ。いいじゃない」


「隊の指揮をするナグワ隊長が、ジュディを乗せていては、何かあってもすぐに動けないでしょう。僕と一緒に行きますよ」


「ですって」

 そう言って、ナグワ隊長を見つめた。


「まあ、確かにそうだな。ジュディさんはアンドレ殿と一緒に来てください」

 顎を触りながら言った。


 だとしても、わだかまりの残る彼とは、一緒に乗る気になれない。

「それなら一人でいいわよ。アンドレとは一緒に乗らないから」

 

「馬が魔猪に驚いて暴走すれば、土地勘のないジュディは道に迷ってしまいますよ。僕と一緒に行きましょう」


「嫌よ、それなら他の兵士と一緒に行くから」

「彼らの仕事の邪魔になるでしょう。さあ行きますよ」

「え、ちょっと」

 わたしの手を取るアンドレから逃げられず、結局、同乗することになった。


 アンドレは、わたしのゼリーは絶対に要らないと拒絶したくせに、わたしが他の兵士の馬に乗ると言えば、駄目だと譲らない。


 彼の謎な行動……。

 ――これって、じらしというものなのか?


 わたしの気を引こうとして、わざと冷たくしたり、そっけなくしたりしているのだろうか。

? わたしのことが好きなのか?

 いいや、アンドレに限ってないな。間違いない。


 何かと壁を作るアンドレの考えていることは、正直よくわからない。


 だけど親から「捨てられた」と話していたから、何か嫌な思い出でもあるんだろう。

 そう考えて手作りゼリーを拒絶されたことは、水に流しておいた。


 ――その方が気まずくないからと割り切って。


 正直に言うと、朝食での出来事を一度考えだせば、立ち直れない。

 今はそれに向き合える気がしないため、考えるのをやめた。


 馬に揺られてしばし経過すると、畑が見えてきたため、アンドレに話しかけた。


「魔猪は昼間に活動するし。母親がいなくなった直後に大きな動きはしてないでしょうね。結界の一番近くの畑にいるんじゃないかしら」


「そうですね。出国用ゲートの一番近くの畑は、もう少しで見えてきますよ」

 ならばと目を閉じる。


 視界から入る雑念を消せば、小さな魔力の塊が二つ並んでいるのを感じた。

 人の物とは違う魔力に、魔猪だと確信する。


 魔猪の子どもといっても、魔力量から推測すると、すでに野生の猪くらいの大きさがありそうだ。


 成体になれば、その何倍も体は大きくなり、逃げ回る彼らの足はすこぶる速い。


「やっぱり二頭の魔猪がいたわね。アンドレも感じる?」


「前方にいる兵士たちの魔力に阻まれて、はっきりとは感じないかな」


「右前方七百メートルの距離にいるわよ。想像よりも成体に近いから、ラッキーね」


「ラッキーですか⁉ 逃げ足が速くて面倒だと思いますが」


「だって大きい方がいっぱい食べられるじゃない。畑の持ち主も、農作物を荒らされて困っているはずだしね。あの大きさなら一頭渡せば納得してくれるでしょう」


「魔猪を民間人に渡すつもりだったんですか……。それは、また面倒なことを思いつきましたね――」


「アンドレが何と言おうと、絶対に渡してあげるわよ」

「それを決めるのは、ナグワ隊長であってジュディではありません」


「渡してあげないと、わたしの気が済まないわ。魔猪が身を潜めている場所の見当はついていたけど、すぐに動かなかったんだから。悪いでしょう」


「それをジュディが気にする必要はないでしょう」


「いいの。これでもカステン辺境伯軍の一人だもの、気にするわよ」


「そうですか……。ジュディは不思議な人ですね。あなたとは、別の形で出会いたかったです」


「え? どういう意味⁉︎」

 しみじみと告げられたアンドレの言葉。その意味が分からず、彼の顔を見ようと後ろを振り返る。


 すると、話題を魔猪に戻された。


お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします!!

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