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40 初めて①

 アンドレから譲り受けたシャツとスラックを着たその上に白いスモックを羽織るわたしは、かれこれ四時間近く厨房にいる。


 今朝は相当に早起きをした。

 彼に何かを返したいが、自分にできることは大してない。

 いろいろと考えた末、エレーナが指示する一時間前から厨房にやってきたわたしは、アンドレを喜ばせようと、一人でデザートを作ってみたからだ。


 昨夜の夕飯作りでエレーナから包丁を使えないレッテルを貼られた調理初心者である。


 彼のサプライズを作るために、めちゃくちゃ頑張った。

 だから、それを早く渡したくてたまらない。そわそわする。

 只今、氷魔法で冷やし中のジュディ特製ゼリーは、間違いなく「おいしい」って言われる気がする。


 そんな風に浮かれ気味のわたしは、朝食作りの真っ最中である。

 昨日の反省を生かしたエレーナがわたしへ命じた仕事は、卵の殻割り作業だ。


 案の定、包丁を持たせてもらえず、卵をガンと打ち付けては、パカンと開く作業をひたすら繰り返す。


 その途中で殻が入ったことに気づいたものの、探し出せず、いくつか混ざってしまった。

 あとで見つかるだろうと思ったのが大間違いだった。余計に見つからない。


 自分は何故か、卵を割った経験さえ思い出せない。

 ここまで成長するまで料理一つせず、何をしていたんだろうと嫌になる。


 やっと見つけた殻をスプーンですくおうとしたが、いまいちうまくいかない。

「取り出すコツはないか」とエレーナに相談したら、「時間がないからそのまま使って」と、にっこり笑顔を向けられた。

 ……言葉を失ったわたしは、駄目でしょうにと目をパチクリさせた。


 昨日の夕方は兵士たちを「味にうるさい」とか、「気性が荒い」とか言っていたくせに、どうして急に大雑把になったのか? 本当に同一人物の発言かと耳を疑う。


 兵士たちから「殻が入っていたと怒鳴られないか?」と食いついてみたものの、「ジュディちゃんが作ったと、説明するから大丈夫よ」だって。


 ――確かにわたしが犯人だけど、よくないでしょうにと、ポカンと口を開けた。


 どういう訳だか分からないが、「殻はご愛嬌」という謎の作戦に出て聞き流されてしまったのだ。


 エレーナといい、アンドレといい、一貫性がなさすぎてわたしが混乱する。


 その後、オムレツを焼くのはエレーナが一から十まで指導してくれたため、「大変よくできました」と太鼓判を押された。


 一見きれいな殻入りオムレツを作り終え、エレーナから「あとは一人で大丈夫だから朝ごはんを食べておいで」と送り出された。


 兵士たちと同じく、わたしも食堂側から食事の乗ったトレーを取ろうとしたときだ。


「ジュディはこれから食事ですか。一緒に食べてもいいですか?」

 その声の先を見ると笑顔のアンドレが、わたしの横でトレーに手を伸ばしていた。


「うん。もちろんよ。アンドレに会えないかなぁ~って期待していたのよ」


「僕に用事なんて、何かあったんですか?」


「いいえ。ただ一緒にお喋りをしたかっただけよ」

 彼を喜ばそうとサプライズを用意した件は、席に着いてから伝えようと、たわいもない会話をしながら二人で席へ向かう。


 椅子に腰掛ければ、アンドレがさっそくオムレツを食べている。

 一口食べて彼がくすりと笑った。


「これ、ジュディが作ったでしょう」


「そうよ。初めてにしては上手に焼けているでしょう。おいしい?」

「卵の味がしますね」


 そりゃ~そうだ。卵だものと思いながら、はむっと頬張り、ゆっくり咀嚼する。そして、ごくッと飲み込み込んだ。


 確かに最初から最後まで卵の味がした。


「あれっ? 思っていた味と違うわ」

「味が付いていないですね。まあ、これはこれで、素材の味が生きてておいしいけど。周囲に怒っている兵士もいないから、気にする必要はなさそうですし」


「えっ⁉ オムレツって卵に味を付けていたんだ! 知らなかったなぁ」


「『うっかり』ではなく、そっちですか。そう言われるとは思ってもいなかったですよ、ははっ」


「変だなぁ~、どうして覚えていないんだろう」


 う~んと唸り、台所仕事の記憶を探る。

 そうしてみたところで、記憶の糸口も見つからない。

 そりゃぁそうだろう。卵を割った記憶さえ持ち合わせていないのだから。がっかりだ。


「ジュディの知識って、本当に不思議ですね? 誰でも知っていることはすっぽりと記憶から抜け落ちて、誰も知らない魔物の話は詳しいんですから」


「どうしてなんだろう」

 あっけらかんと答えると、怖いくらい真面目な顔を向けるアンドレは、何も言ってこない。


 彼との沈黙の時間にそわそわし、自分から話を続けた。


「このあとすぐに出掛けてくるわね」


「ジュディが魔猪を狩りに行くのに、僕も付いていってもいいでしょうか?」


「う~ん、わたしにそれを返答する権利はないわね。だけどアンドレも魔猪を食べたいの?」


「ん? 狩りに行きたいと言ったら、どうして『魔猪を食べたい』に変換されるんですか⁉」


「え~、だって。魔猪の子どもは小さいから、ここの兵士たち七十人分には足りないもの。少し食べたらおかわりもしたくなるし、争奪戦よ」


「その争奪戦に僕も混ぜてくれるというなら、断られてもついていこうかな」

 アンドレが、おどけて悪い顔をする。


瑞貴でございます。

いつもありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします<(_ _)>

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