36 横恋慕の気配③
【SIDE フィリベール王太子】
昨日はリナと一緒にいたにもかかわらず、政務に追われ満足に会話もできずに終わってしまった。
今日は彼女が来る前に粗々の政務を終え、二人の時間を楽しみにしていたのだが、その前に陛下の元へと向かう。
昨日のうちに私とリナの結婚の話は終わっている。
それにもかかわらず、陛下自ら私を部屋へ呼んだからだ。
昨日の退室時はリナを妃として迎えることに、なんら問題はないと解決していた。何故に呼ばれたのか腑に落ちない。
苛立ちを抑えつつ陛下の執務室の前に立つ。二日続けて来たのは初めてだ。
「私です。フィリベールです。入ります」
「何をしておった。遅いぞ!」
怒号が飛んだ。
「やりかけの政務がありましたから、きりのいい所まで目を通しておりました」
陛下が私を睨む。
一体なんだというのだ。私が正当な理由を述べても機嫌が悪い。
「今朝早々に各地の早馬が、国への要望を次々と届けている」
「何をですか?」
「王宮騎士団に援軍を求めてきた」
「援軍? 何に関する援軍ですか?」
「魔物の討伐だ! 結界を突き破って各地に魔物が侵入しているようだ」
「そんなはずはありません。昨日、リナは大司教の指示に従い、祈りを捧げて来たと言っておりましたから」
「まだ言うかッ! そんな事実があるから言っているだろう!」
怒られる理由に納得できないが、激昂する陛下の気が収まる気配はない。
どう考えても結界の乱れは一時的なものなのに、陛下は随分と大袈裟な言い方をする。
昨日はリナが初めて結界を張ったのだ。少々揺らぎがあってもおかしくはない。
だが、それを言えば陛下の逆鱗に触れるのは間違いない。
陛下の機嫌をとる意味でも、どこかの討伐へ私も赴くべきだろう。そう思って提案した。
「私も騎士団に加勢いたします」
「駄目だ。お前には別の任務を与える」
「承知いたしましたが、どのような任務でしょうか?」
「王宮で生まれてくる魔物が、王宮の外へ抜け出す前に退治するよう命ずる」
「え? 王宮で魔物が生まれるって、どういうことですか⁉」
その言葉が陛下の怒りに拍車をかけたようで、鬼の形相に変わる。
「近くにある瘴気だまりの気配に気づかないのか?」
「瘴気だまり……ですか?」
「気づいておらんとは呆れるな。澄んだ水が常に湧いていた聖なる泉が、真っ黒に変色した」
「ま、まさかそんなことが、なぜに……」
つい先日。その泉で私とリナが体に付いている穢れを洗い落とし、今後一生、相手以外に穢れないよう誓いを立てた。
その聖なる泉が黒くなるって、どういうことだ⁉
「瘴気だまりから次々と魔物が生まれている。現在、泉で生まれてくる魔物に対応している王宮の騎士団は、別の仕事に動く。当面、お前一人で泉の魔物に対処しておけ」
「瘴気ならリナに浄化させればいいではありませんか。間もなく王宮に来るはずですから」
「あの聖女は結界を張るだけで魔力が尽きるらしいからな。瘴気の浄化はできないだろう」
「それなら魔力を補うのにガラス玉を使えばいいでしょう」
「愚か者が! それができたら、とっくにそうしている!」
「それにしても、どうして聖なる泉が瘴気だまりへと変わってしまったのでしょうか?」
「ふんっ。とんだ女狐に騙されおって。考えたら分かんか、この馬鹿者が!」
「陛下! 発言の撤回を求めます。リナを侮辱し過ぎです!」
「うるさいッ。昨日、大司教があの聖女に黒魔術の跳ね返りの痣を確認している」
「――くっ、黒魔術の痣⁉」
俄かには信じられない言葉に耳を疑う。事態が全く理解できない。黒魔術は捨て去ったジュディットの仕業だろう。あの女の部屋でそれを見た。
「お前の前にいる時は、偽装魔法で痣を隠していたんだろう」
「——ぎ、偽装魔法って……」
黒魔術を使っていたのは、ジュディットではなくリナだったのか⁉
ジュディットが公式行事の度にいなくなる原因は、リナの黒魔術のせいなのか⁉
王太子視点は、次話も続きます。
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