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33 わたしは誰⑧

「そうなんですか⁉ それならすぐに、ゲートへ戻らなくては」

 領内に魔猪が侵入していると案じたナグワ隊長が、振り返ろうとするため、その動きを急いで制した。


「それはお勧めしませんわ。そもそも魔猪は夜に動きませんから。今晩退治しても、明日の朝に退治しても被害はそれほど変わりません。それに……。結界が不安定なら、他にも魔物がいるはずです。普段大して害のない魔虫だって、夜になれば活動性が増して、指くらい平気で食いちぎりますからね。闇の中で動くのは、襲ってくれと言っているのも同じです」


 目視頼りの彼らには、闇の中で魔物を退治できるわけがない。

 彼らが再び結界付近に戻るのを引き止めるため、自分の頭にある知識をひけらかすように語る。


 するとナグワ隊長が初耳だと言いたげに固まり、呆然としている。


「ジュディさん。あなたは一体何者ですか?」

「ただの田舎娘ですよ。ちょっと事情があって家を飛び出したので、お金も、行く当てもないのをアンドレに拾ってもらったんです」


「田舎娘って……。ここも田舎だが、そんな知識を持った娘を見たことがない」


「わたしの周りはこれ位、知っていて当然だったわよ。ここが遅れているんじゃない?」


 首をこてんとかしげて、何を言っているんだろうかと不思議な顔を向けた。わたしの中では常識だもの。


 誰が教えてくれたのか分からないけれど、魔物の話は子どもの頃からよく知っている気がする。


 まるで、寝る前に本を読んで聞かせてもらうような感覚で、自然と覚えたような記憶になっている。


 魔物の知識が乏しいのは、カステン軍の彼らが疎いのか、わたしが特殊なのか判断はできない。

 もやもやして気持ちが悪い。記憶が曖昧であるため、わたしに知識を植え付けた人物が分からないのだ。

 かつての記憶を探ろうとしたところで、ナグワ隊長が目を輝かせ発した。


「明日は暇ですか?」

「あ~ら、隊長さん。うちのジュディちゃんを誘惑しないでくれますか!」


 エレーナがわたしの前に立ちふさがると、隊長から守るように視線を遮ってくれた。


「俺が誘っているのは、やましいことではない。明日、第一部隊と同行してくれませんか?」

「わたしは判断できませんから」

 そう言うと、わたしを連れ出そうと試みるナグワ隊長は、交渉相手をエレーナに変えた。


「エレーナ頼む。ジュディさんを貸してくれ」


「ただじゃ貸せないわよ。ジュディちゃんはお金がなくて困っているんだから。ねッ」

 エレーナが振り向いて、わたしを見たため、小さく頷く。

 身一つで森にいたわたしだ。

 欲しいものを挙げたらきりがない。

 そのうえアンドレは、ひと月しか部屋を貸してくれないって言うんだから。

 部屋探しのためにも、お給金は使わず貯めておきたいし、正直なところ色々と困っている。


「礼はちゃんとするから、頼む!」

 その言葉に誘惑され、エレーナの背中から、ひょこっと顔を出すと、ナグワ隊長が両手を合わせて拝んでいるではないか。


 隊長がそこまでして、小娘に魔猪を探して欲しいのか? 情けない。


 そんな風に考えていると、「じゃあ、朝食が終わってからね」と、エレーナが話をまとめ、わたしへ笑顔を向ける。


「良かったねジュディちゃん。何でも買ってくれるらしいから、しっかり欲しいものを強請るんだよ」

「そんな、悪いですよ」

「隊長が一番お金を持っているんだから遠慮するんじゃないよ」


「わざわざ何かを買ってもらうのは、気が引けます」

「駄目よ。知識は十分に価値があるんだから、安売りするんじゃないの。何かを教えてあげるだけでも報酬は受け取らなきゃね」


 母のような教えをエレーナから頂戴し、「はい」と従った。


 さあ、雑談はこれまでにして仕事、仕事と気を取り直したところで、カウンターに身を乗り出してきたナグワ隊長が、真顔で不思議な質問をする。


「ところで今日の夕食はジュディさんが作ってくれたんですか?」

 それがどうしたのかしら? と思ったものの、多少の見栄も必要だろうと、気取って答えた。


「大半の作業はエレーナさんがしているけど、もちろんわたしも手伝ったわよ」


 赤裸々に申告するなら、包丁を取り上げられ、玉ねぎの皮を剥いただけである。

 だけど、恥ずかしくて言えないし。


 それを聞いたナグワ隊長が、ぐるんと振り向き食堂を見渡すと、大声を張り上げた。


「おい、お前ら! ジュディさんの作った食事を残したら、第一部隊から降格だからな」

 その途端。食堂中に「はい」と、どすの効いた返答が響く。


「ジュディさん! もし残したやつがいれば、俺に報告ください」


「はははっ。もしも……ですね」


 いや。これは密告しちゃまずいやつでしょう。食事を残したくらいで降格させられたら、うらまれるわよ……わたしがッ!


 ただでさえ、でかい声なのに脅すのはやめてよね。

 なんなら、妙な緊張感を兵士たちに与えないでよ。

 そのせいで喉が通らなくなっても、わたしのせいじゃないいわよ。たぶん。


 その後も食堂に居座るナグワ隊長によって、当然ながら夕食を残す隊員は一人としていなかった。


 それにしても、魔猪の攻撃法を伝えただけで、これ程までに驚かれる理由が分からないんだけど。

引き続きよろしくお願いします。


追伸:次話からサブタイトルを変えます。

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