32 わたしは誰⑦
包丁を取り上げられたわたしは、黙々と、ただひたすら玉ねぎの皮を剥く。
すると、エレーナが気にするなと言いたいのか、楽しげに話しかけてきた。
「私は玉ねぎの皮を剥くのが、どうも苦手でね。ジュディちゃんが来てくれて助かるよ」
「励ましていただきありがとうございます。……だけど、包丁も使えるように練習しておきますので」
「練習はほどほどにね。怪我をされると困るから」
「はい、気をつけます」と答えると、煮立つ鍋がぐつぐつと音を立てているのが気にかかる。
そこで、ガラス瓶に入った調味料を手に取った。
「あの〜う、そろそろ、この鍋のお肉に味を付けてもいいですか?」
「あ~、駄目駄目。ここの兵士たちは味にうるさいからね。少しでも味が変わると、文句を付けにくるから。ジュディちゃんが慣れてきたら頼むよ」
「そうですか……。わたし、何から何までエレーナさんの役に立てなくて、申し訳ないです」
「気にすることはないさ。同じ魔力なしと出会えて嬉しいんだから。ジュディちゃんも今まで、家族の中で、のけ者にされていたんだろう」
「家族のことは、ちょっと……」
「ごめんごめん。魔力なしなら家族とは、うまくいかないものね。そうだ! ジュディちゃんはいくつなんだい?」
「エレーナさんには、わたしが何歳に見えますか?」
「う~ん、そうだね。十八……いや、十九歳くらいかな」
──そうか、十九歳か。
それに納得したわたしは、言い当てられて驚いたような顔をわざとに作った。
「そうです、十九です」
とはいったものの、当然、年齢なんて知らない。
けれどこれからの人生、何かと年齢が必要になるはず。そうなれば適当に自分の年を決めたいところ。
それであれば男性陣の意見より、女性の方が厳しくて的確だろうとエレーナの言った『わたしの見た目年齢』を採用した。
それに家を飛び出したと初めに伝えたおかげで、余計な詮索もされず、夕食の準備はするすると順調に進んだ。
日が沈み、食堂に少しずつ兵士たちの姿が見えてくる。
カウンター越しにその姿を眺めていると、出国用ゲートで出会った隊長の姿が目に飛び込んできた。
後ろには、ぞろぞろと二十人近くの兵を引き連れている。
嫌だな~と、思ったわたしは適当な仕事で忙しい振りをしたいところ。
だが、あいにく食器の一つも返却されておらず、洗い物さえない。
小娘呼ばわりされていたのに、彼らに敬意も示さず立ち去ったのだ。
昼間のことを怒っていないだろうかと、気が気ではない。
するとその笑顔の隊長は、わたしの目を見つめながら、ぶんぶんと大きく手を振り突撃して来るではないか。
「ジュディさん。本当に厨房にいらっしゃたんですね!」
「ナグワ隊長お疲れ様です」
「午前中は助かりました!」
「わたしは何もしていないですが」
「いえ。あのときゲートに来ていただかなければ、土蜘蛛が潜む地中を踏みつけて、一般人が大惨事になるところでしたよ」
間違って踏んだとしても、慌てず攻撃すれば、なんら問題はないでしょうにと、冷ややかに聞き流す。
「そういえば、第一部隊の皆さんはお昼に戻っていなかったけど、あのあとも何かあったんですか?」
「それが実は、魔猪が結界を突き破って侵入して来て大騒ぎだったんです」
「結界を破るって……そんなことがあったんですか⁉ どうしてなんでしょう?」
「さっぱり分かりません。今まで、こんなことはありませんでしたからね。念のため、しばらく周囲を警戒していたんですが、それ以降は入って来ませんでしたから、とりあえず隊は撤収してきましたけど」
「そうですか……。でも、魔猪は捕まえて持ってきましたか?」
「いいや。あの場で葬って来ましたけど」
「あ~、もったいないなぁ。魔猪の肉は最高においしいんですよ。次に同じことがあったら、持ってきてくださいね」
この際だ。わたしの大好物が肉であると打ち明け、魔猪を強請ると、ナグワ隊長が、目をパチクリさせて固まっている。
はてどうした⁉
わたしは何かおかしなことを言ったのだろうか? と、キョトンとする。
互いを牽制し合い、黙って見つめ続ける光景。
傍から見るとその様子が滑稽に思えたのだろう。
耐え切れなくなったエレーナが、「ジュディちゃんは、おかしなことを言っていない」と、援護してくれた。
「そうそう! 魔猪はジューシーでおいしいらしいよ」
「そうだったのか。女性陣が知っているのに、第一部隊の連中は誰も知らなかったな。退治するのに二時間もかかって、最後は炎で燃え尽きたから。持ち帰るどころではなかったし、次に同じことがあってもな……」
「にッ、二時間もかかったんですか⁉ 何をやっているんですか、全く」
「やつは逃げ足が速くて。ことごとく攻撃をかわされて酷い目にあったから。まあ、一頭だけで助かったがな」
「一頭だけ? 額に星が一つある個体なら成体の雌ですよ」
「ああ、あった、あった。大きな星が一つ」
「それなら近くに、体の小さい魔猪が二頭いるはずです。彼らの魔力は弱いから気づきにくいけど……まさか第一部隊は、見つけられなかったんですか⁉」
「ま、まだいたというのか⁉」
隊長は目を見開き驚いた顔を見せるが、「そりゃぁ、当然でしょう」と返した。
「面目ない。我々は、ゲートの外にいる魔猪を追い払うことはあっても、仕留めることはなかったので分かっておりませんでした」
「もう少しあの場に残っていればよかったですね。魔猪への攻撃は、真正面からも真後ろからも駄目ですよ、躱されるだけです。彼らへの攻撃は真横からが鉄則です」
「……横から」
「それに、魔猪は一頭だけでいることはありません。必ず周囲に仲間がいるため、魔力温存が鍵なのでおすすめは氷弾二十発です。魔力消費も大きくないし、不慣れな者でも一度に打ち込めば、一つは必ず急所に当たりますから──」
流れ弾が人に当たっても、氷弾くらいなら回復魔法で治癒できるから、やってごらんと言おうとしたが……誰が治癒できる……?
回復魔法の使い手は聖女しかいないから、まず無理だ。
どうしてそう思ったのか分からないが、自分の思考がおかしいことに気づいて言葉をのむ。
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