26 わたしは誰①
第一部隊の兵士たちは、土蜘蛛の死骸を片付けるのに忙しくしているにもかかわらず、隊長ときたら、アンドレとわたしに手を振り続け、いつまでも見送っていた。
笑っていないで「働きなさいよ」と物申したくなったが、わたしもサボッている気がしてならない。
さっきからアンドレの表情が浮かないし、こんなわたしに怒っているのかもしれないと感じた。
「そろそろ真面目に仕事をしないといけないし、わたしたちは帰りましょう」
「……ああ、そうですね。午後から仕事をしてもらいたいですし」
わたしたちが乗ってきた馬の元へ戻ると、再び、彼の腕の中にすっぽりと収まり寄宿舎を目指す。
彼はやたらと辺りを見渡しているが、周囲を警戒しているのだろうか? 馬の歩みも遅い。
「そういえば、アンドレは自分の魔力量を知られたくないと言っていたでしょう。あんな大きな上位魔法を使ったら、第一部隊のみんなに魔力量がバレたんじゃない?」
「おそらく大丈夫でしょう。炎柱は彼らが第一部隊に選定されるために使う、定番の魔法ですから。その魔法を使ったところで魔力量が大きいとは思わないですよ。少々火力が強すぎたけど、彼らには見分けはつかないので」
「そうなの? 彼らもちゃんと攻撃魔法が使えるのか……。それなのにどうしてみんな土蜘蛛を見ただけで、あんなに驚いていたんだろう?」
唇を尖らせて訊ねた。
か弱い乙女のわたしは平気だったのに、兵士の中に、魔物を見て腰を抜かした者までいたのだ。
そのせいでこっちが、魔物にてんでビビりもしない、ふてぶてしい女みたいな絵ずらになってしまった。
——気に食わないわねと、納得いかずに首を捻る。
「この辺りでは、瘴気だまりが発生して魔物が生まれることは、まずあり得ませんからね。日ごろ、ゲートから突進してくる魔物の侵入だけ注意を払えばいいので、退治する魔物は基本的にいないんですよ」
「この国ではそうなのよね……。だけど、どうしてだろう。わたしはいっぱい魔物が存在する場所にいた気がする」
「それならジュディは、ルダイラ王国の外で暮らしていたのかもしれないですね。この国の筆頭聖女が張る結界は完璧ですし、国内で魔物に遭遇することは、ほとんどあり得ませんので」
「ねえ……。わたしって、魔力なしで、欲深くて、魔法や魔物の知識だけ聖女並みで、国の外で暮らしていたの……。一体、どういう生活をしていたんだろう。おかしいわねぇ」
半ば自分自身に呆れて言った。
「それについて、……僕の見解をお伝えしても怒らないですか?」
「何かしら、聞かせてちょうだい」
「それでは」と息をはけば、アンドレは纏う空気を張り詰め、一度馬を止めた。
「高額な報酬が欲しいジュディは、誰かを殺める任務を引き受けて、魔物がいる隣国で実戦訓練でもしていたんでしょう。魔力なしであれば、相手を油断させられるからね。——あなたは、うってつけの人選です」
「ええぇ~。さらっと怖い話をしないでよ。真顔で言われたら、冗談に聞こえないわよ。そういうのはユーモアを混ぜて言ってくれないと、真に受けるでしょう」
「僕は本気で話しているんですが。まさかジュディの詰めが甘くて、記憶を失くしているとは仲間も思っていないでしょうね。くくっ」
「もう! 変な人物像を、確信を持って言わないでよ!」
怒ってみたものの、ゲラゲラと笑うアンドレは少しも気に留めていないようだ。
全く身にならない会話を繰り広げているのに、アンドレは「名前でも思い出せましたか?」と笑って聞いてきた。
「は〜ぁあ、さっぱりよ。すっかりジュディが馴染んできたから、それでいいわよ」
自分の正体に不安を感じ始め、ため息混じりに返す。
当初、大司教のガラス玉を大量所持していたことで、アンドレから疑いをかけられた、犯罪者説。
これが、あながち本当な気がしてならないのだ。
実は彼には打ち明けていないが、わたしの過去に、荒々しい男性たちの気配がある。
顔は思い出せないけれど、周囲には男性しかいなかった気がする。
兵士なのか軍人なのか分からない血の気の多い男たちと、肉が焼ける匂い。
わたしに残っている記憶が、不思議なくらい年頃の女性と乖離している。
調理や洗濯、掃除などの生活に関する記憶は、恐ろしいくらい持っていないため、アンドレの話を笑えない状況だったりする。
頭の中に存在するのは、魔法と魔物の記憶と頻回に魔力計測器に触れていたことばかり。
──どう考えても普通じゃない。
過去についてはこのまま蓋をして、何も思い出さない方が幸せな気もする。
だけど何かが引っかかる。
このままでもいけない。何かを取り戻さないと──。
そうしなければ大変な事態が起きる気がするのだが、なぜそう思うのか、ちっとも分からない……。
ぐるぐると思考を巡らせ考えにふけていると、既に目的の場所まで来ていた。
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