挿話:王太子の婚約者【ジュディット】①
今回と次話は、記憶のあるジュディットです。
ジュディとアンドレの絡みで必要な情報なので、ここに挟みます。
時はジュディットが記憶を失う当日──。
今日はフィリベールと行う「禊の儀」のはずだった。
そう、予定では……。
しょんぼりするわたしが急遽、「禊の儀」を諦めたのは、森の奥に突如として瘴気だまりが出現したからだ。
「禊の儀」の日取りは、月歴で決まったもので、フィリベールとの結婚式までに機会はもう訪れない。
聖なる泉で身を清め、お互い、伴侶だけに身を捧げることを聖霊に誓う儀式だ。
王族特有の赤色が、無闇やたらと側室が産む子どもに受け継がれないために、精霊の力を借りて、彼の力の継承者を私だけに結ぶ儀式である。
王族に何の力があるのか? それは聞いたことがない。
王太子の近くにいても知らないのだ。案外今は、髪と瞳の色しか残っていなかったりしてと思っているけれど。
王族の赤色……。
かつて存在した好色王族が、王宮の外で赤毛に赤い瞳の子どもを舞台女優に産ませたのが、大問題になったかららしい。
そんな歴史を知らない当初は素敵な儀式ね、と思ったが、起源を知ればなんとも情けない話である。
禊の儀……。さすがに、初夜を迎えた後に行う儀式でもあるまい。
となれば……わたしはフィリベールの唯一ではないということだ。
それは分かっていたものの、自分のことより瘴気を浄化するのを優先した。
禊の儀は、正妻と側室の区別をはっきりと付けるための儀式だし、そもそも彼が側室を持たなければ、特段気にする必要もない。それも確かである。
急遽儀式へ行けなくなった説明を、妹からフィリベールに言伝を頼んだ。
妹とは、後妻が産んだリナのことだ。
わたしが一歳の頃に母が亡くなり、父が早々に後妻を迎えたため、二歳、ときに三歳しか年の離れていない異母妹である。
わたしは父とは仲がよくない。
光の加護があるのに母を助けられなかったと、幼い頃からずっと、父から恨まれている。
屋敷の中で、唯一まともに会話できるのが妹のリナくらいだし、存外屋敷の中ではわたしの肩身は狭い。
妹から事情を説明してもらったとはいえ、儀式をすっぽかす羽目になった詫びをフィリベールへ直接伝えたくて、森から王宮まで全速力で馬を走らせた。
宮殿に入る手前。そこで今一度、自分が着ている外套が汚れていないかと、手でパンパンとほこりを掃う。
あ……。この服装は、やらかしてしまったわねと、顔がひくひくと引きつる。
森から真っ直ぐ来たために、酷い格好をしていた。
よりによって、今朝、急いでいたこともあり、一段とみすぼらしい服を選んでいたのだ。
王太子の婚約者であり、公爵令嬢のわたしが、型遅れのワンピースに、白いフード付きの外套を纏っている。
魔物相手には動きやすい、この格好が最適だけど、王宮の中を歩くには……さすがにどうかと思う。
傍と横を見れば、入り口に張り付く衛兵だって、苦笑いをしているわよ。
今どき王都の町娘でも着ていない時代遅れの格好だ。
そのうえ靴は、回転舞踊用の履き古し。
それも酷く汚れてみすぼらしい。まあ仕方ないわよ、ちょっと前まで森の奥にいたんだもの。
婚約者とはいえ、フィリベールの部屋を訪ねるには失礼な格好だろう。さすがに。
まあ解決策としては、わたし用に賜っている部屋で、ドレスに着替える。これが無難な手だと思う。
けれど今一度冷静になると、着替えない方が得策にも思えてしまう。
この格好であれば、瘴気を祓ったわたしが、「真っ先にあなたの元へ来た」と、伝わるかもしれない。
うん、うん。
そっちの方が、断然いい気がしてきたわよ。
色々と割り切った結果、着替えずにフィリベールの部屋へと向かう。
扉の前に到着したわたしは、よしっ! と気合いを入れ、彼の執務室へ、丁重なノックをしてから入った。
そうすれば、婚約者が少し不機嫌な顔で執務机に向かい座っている。
ドアを開けた時にピクッとした彼は、気づいているくせに、一向にこちらを見ない。
──妹のリナから伝言はあったはずなのに、何だか相当に機嫌が悪いようだ。
ドアの閉まるカチャンという音が響き、フィリベールはやっとわたしに顔を向けた。
王族特有の赤い瞳が、氷を宿した目をしている。怒っているのか……。
この国では、王家の血を引く者しか、赤色を持つ者はいない。ある種、それだけで身分を証明する。
髪の毛と瞳が赤いフィリベールは、何もいわずして、この国の王族だと象徴しているのだ。
彼が何か発するかと思ったけれど、無言だ。
仕方ない。わたしから口を開くか。
「フィリベール様、大変遅くなり申し訳ございません」
「ああそうだな。今更、何しに来た? わたしとの婚礼に関する儀式より大事なことが、他にあるとは思えないが」
抑揚のない声が届く。
「王宮の騎士たちから依頼を受けて、魔物の討伐と瘴気を浄化するために森へ行っておりました。ですがそのように、リナから報告があったはずではありませんか?」
「ふ~ん、分かった。そこで、お茶を飲みながら話をしよう」
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