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25 喜ぶフィリベール王太子③


 鼻先で笑う事務官が、私に向かってさらっと発する。


「これからしばらくジュディット様が王宮へお越しにならないのであれば、毎日、これだけの政務がございます。王太子殿下は一刻も早く、目の前の仕事に取りかかるべきかと存じますが」


「ふざけるな! 昨日のうちに何故、知らせなかった!」


「もちろんご報告しようと、王太子殿下のお戻りをお待ちしていたのに……戻ってきませんでしたから。何をされていたんですか? 昨日の分の、ご自身の政務も残っていますよね」


 私の左横に置いてある書類の山を、顔をしかめて見られた。

 昨日は仕方ない。リナと部屋で過ごす歓びに浸り、仕事どころではなかったのだから。いつもではない。


 事務官ごときが偉そうに言いやがって……と、感情が昂り奥歯を噛んだ。

 すると、ガリッという嫌な音がした。


 どこか歯が欠けたんじゃないかと、口の中に気を取られていれば、やつは足音を立てずに部屋を出ていき、パタンッと扉が閉まる音が響く。


 せめて一言、言い返してやるつもりだったのに、「あっ」と口にしたが間に合わなかった。


 そうして書類の山だけがこの部屋に残る。


「こ、これをジュディットが一人でこなしていたのか……。嘘だろう」


 ──いや。

 ぼやく前に早く仕事を片付けなければ、リナが来てもお喋りの一つも、できんだろう──。


 ならば早急に仕事へ向き合おうとしたときだ。

 選択すべき正しい答えが見つかった。


 ああそうか。今までジュディットがこなしていた政務ならば、リナがやればいいのか。


 ──頼むから早く来い。


 そんな風に思っていると、扉が開く音がして顔を上げる。

 すると、心をぐっと掴まれるような、かわいい笑顔を振りまく姿があった。


「リナぁっ!」

「フィリ! お待たせ~。って、いっぱい書類があるわね」

 私の机の上にできた、四つの紙の山を順に目で追った。


「リナの……王太子の婚約者の仕事だと、私の机に置いていったからな」


「え~、そうなの? リナは聞いていないわよ」


「大丈夫さ。リナはジュディットと違って優秀だから問題なくこなせるだろう。二人で仕事を終わらせた後に私たちの結婚式の話をしよう」


「うん、そうね。お姉様が毎日やっていたなら、当然リナにもできるわ」


「リナならそう言ってくれると信じていたよ。そうだ、結界はうまく張れたかい?」


 リナは「どうして結界のことを知っているのだ」と驚いた表情を見せると、照れるように頬へ手を当てた。


「陛下へ私たちの結婚を報告する際に、結界の話を聞いたんだ」


「まあ、そうだったのね! 大司教様の言葉どおり、きちんと祈りを捧げてきたわよ」


「偉いぞ、リナ」

 私へ駆け寄ってきたリナの頭を撫でる。

 陛下はぶつぶつと文句を言っていたが、実際はなんの問題もないのだ。

 それだけでも十分に満足していたが、さらに度肝を抜く報告を受けた。


「それから聞いて! リナは遠隔地にいる魔物まで、魔法で撃退できることが分かったのよ」


「そ、それは本当か⁉ 聞いたこともない仕組みだが、優秀なリナ独自の魔法かもな」


 今度陛下に聞かせてやろうと思い、興奮気味に耳を傾ける。


「ええ。きっとそうよ。消えろと念じたら、魔物が燃え尽きたんだから」

「凄いな!」


 陛下はジュディットを持ち上げていたが、なんの憂いもない。リナはジュディット以上に優秀な聖女だ。

 私の目に狂いはなかったとほくそ笑む。


「今日もリナは可愛いな」

 可愛いリナの額にキスをすると、はにかんだ笑顔を見せた。

 もう少し話をしていたかったが、一国の王太子として、ここはぐっと我慢する。


 そうして私たちは、それぞれ与えられた政務に取りかかることにした。


 リナはソファーに腰掛け黙々と作業を続けている。

 その場所は昨日、ジュディットが座っていた場所だ。


 私が睡眠薬を混ぜたお茶を、おいしいと喜んでいた愚かなジュディットとリナでは大違いだ。


 思わず握る手に力が入り、手の中にあるガラス玉二個が、ギリッと音を立てた。


 そう……。あの女……。

 昨日まで私も知らなかったが、あいつは自分の魔力を詐称していたのだ。


 昨日、あの女の外套から大司教のガラス玉が二つ落ちてきた。またしても騙されていたことを知った。

 あの女……大して魔力もないのに適当なことを言い張り、仕舞いにはガラス玉に頼っていたようだ。どこまでも性根が曲がっている。


「自分は魔力が大きい」と、あの女は常々言い続けていたが、嘘ばかりつきやがって。


 腹の奥底から湧き起こるいら立ち。

 それを少しでも解消しようとリナを見やれば、花のように可憐なピンクの髪に心を奪われた。


 すると彼女は、私に見られているのに気づいたのだろう、にこりと笑った。


 か、可愛い──最高の妻だ。

 リナと過ごす時間に心躍る幸せを感じ、私も微笑み返した。


 この土壇場ではあるが、私の妻がリナになって心底良かったと安堵する。


 リナの話では、あの女は元々、男と体を重ねるのが好きな女らしいからな。

 今頃、売春宿にでも辿り着いた頃だろう。


◇◇◇

お読みいただきありがとうございます!!!!

王都の二人は、一旦ここまでです。

この先も、是非よろしくお願いします。


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