19 不思議なあなたは……③
わたしの返事も聞かず、ぎゅっと手をつなぐアンドレと共に、ムスッとした上官の元へと向かう。
そうして対面するかどうかいうタイミングで、先に言葉を発したのは向こうだ。それも随分と馬鹿にした口調で。
彼の声が大きくて怖いなと思うわたしは、アンドレの後ろに隠れておく。
「おい! 雑役兵のアンドレが、何しにこの場所へ来たんだ」
偉そうに言いながら視線を動かす彼と目が合ってしまえば、不適に笑われた。
「そうそう、この女だ。俺が探していた女をわざわざ届けに来たのか」
「隊長のその言葉……ジュディを何だと思っているんですか?」
たしなめたアンドレの話には全く耳も貸さず、その隊長は、わたしを舐めるように上から下まで見ている。
「お嬢ちゃん。顔だけ男のアンドレより、俺の方が俄然いいから乗り換えた方がいいから、こっちに来いよ」
ニマッと笑う上官彼に対し、アンドレがため息交じりに返す。
「ナグワ隊長のお立場で、ジュディを変な目で見るのは止めてください。他の兵士たちにも伝搬するでしょう」
「ふんッ。アンドレが何を偉そうに言ってる。一般人はゲートの手前で入場規制をしていただろう。碌に攻撃魔法も使えないお前は、第一部隊の仕事の邪魔になる。ここから下がれ!」
アンドレを追い払うように、しっしっと手を振っている隊長を見ても、淡々とした反応を見せるアンドレは、少しも揺らぐ気配はない。
「年に一回の昇級試験の際に、皆さんの前で魔法を披露しないだけで、誰も攻撃魔法が使えないとは言っていませんけどね」
「はあッ⁉ 女の前だからって、調子に乗ったことを言うなよ!」
冷めた顔のアンドレは、言い争いは無駄だと決め込んだようだが、一方の隊長は目を見開き激昂する。
「やれやれ。全くお話になりませんね。第一部隊の皆さんは土蜘蛛の侵入を恐れて、出国者たちを足止めしているんでしょう」
「そうだが、何故それを知っているんだ?」
「そんな気がして」
「目撃情報から三十分経過したが、姿が見えないところをみると、すでにどこかへ行ったんだろうから、警備を解くところだ」
「いや、土蜘蛛の気配はまだあるでしょう。その場所を人が通るのを、地中で待ち構えているだけですよ」
「なッ! 土蜘蛛の魔力を全く感じないだろう。……適当なことを言うな!」
「ちゃんとあるでしょう、よーく周囲の魔力をすまして感じてください。魔力が十六級の隊長でも、そんな程度では情けないですよ」
「きッ貴様! 雑役兵ごときが何を抜かしている」
激昂する隊長とは裏腹に、アンドレは相変わらず平穏な空気を変えないなと思っていれば、突如、わたしに顔を向けて、にっこりと笑った。
「ナグワ隊長はこう言っているけど、ジュディはどう思う?」
「どう思うって?」
「ほらほら、どうしたの? ナグワ隊長は土蜘蛛がどこにいるか分からないみたいだから、教えて差し上げるといいですよ。安全確保のために」
「へ?」
急におかしな言い方で、どうしたのかと戸惑っていたのだが、上機嫌のアンドレから「ほらほら、ジュディの初仕事ですよ」と再び、揶揄い口調で促される。
「あ~、分かったわよ。あの真ん中の兵士から二メートル先の地中で身を隠しているじゃない。アンドレだって分かっているでしょう! こんなにはっきりと魔力が漏れているんですもの」
何をやっているんだかと、うんざりしながら一人の兵士を指さした。
すると、アンドレは目の前の隊長から顔を背け、くつくつと肩を揺らして笑っている。
「そんな近くにいるというのかッ⁉ いや、こんな小娘に分かるはずがない。我々を馬鹿にするな。第一部隊は魔力が十三級以上の精鋭たちが集まっているんだ。余計な口出しは許さないぞ」
「仰いましたね。ナグワ隊長から見ればジュディは小娘でしょうが、今日からカステン軍の雑役兵として入隊した一員です。もし、彼女の言っていることに間違いがなければ、彼女への礼節を寄宿舎の連中に指導してくださいね。僕は軍の中で揉め事を起こされるのは困るんですよ」
「アンドレごときが、さっきから何を偉そうにッ! お前は事務しかできない雑役だろう」
その言葉を無視してアンドレが歩き出す。
アンドレが、中央に立つ兵士の肩をぽんぽんと叩けば「ちょっと避けてね」と声をかける。
すると先ほどまでとは一変、真剣な表情を見せるアンドレが、土蜘蛛がいる地面をじぃっと見つめている。
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