18 不思議なあなたは……②
アンドレが、またしても不思議な生き物を見るような目を向けてくる。
とはいえ、こちらとしては感じたままを口にしただけで、一体なんのことやらと理解に苦しむ。
「ちゃんと魔力の気配は感じるわよ。だけど、間違っているのかしら?」
「いいえ、間違ってはいません。おそらくジュディの言ったとおりです……」
表情を硬くする彼は、地中に潜る土蜘蛛に懸念を抱いているのかしらと考え、彼を元気づけようと極力明るく返す。
「ふふっ、そうでしょう」
「……ですが、土蜘蛛は土に隠れた時点で、周囲に魔力が漏れてこないから、普通の人は感じないレベルですよ」
「変ねぇ? 普通に感じるけど、そうなの?」
「普通って……。僕もゲート越しでは、どこにいるか。場所までは、はっきり分からないくらいです」
「わたしには、はっきりと感じるわよ。ゲートの丁度中央に潜っているわね」
「ぇ……そこまで分かるんですか?」
と言ったきり、アンドレは額に手を置くと、しばらく考えに耽る。随分と悩ましげだ。
わたしが「アンドレ?」と声をかければ、どこか吹っ切れたように、ふっと笑った。
「はは……とんでもない手練れを送り込まれたものですね。身を潜めるのは、潮時がきたようです」
「ん? なんの話?」
「……いえ、土蜘蛛の話ですよ。僕は、あの方を一目見るまでは、死にたくないですし」
「あの方って誰かしら?」
「僕の恩人ですよ」
「そう」と返して続けた。
「——ねえ、近くで探している兵士たちは、どうして分からないのかしら? さっさと攻撃すればいいのに」
納得できずに思わず首を傾げると、アンドレがぶっと噴き出し大笑いを始めた。
「シャワーのお湯も出せずに悪戦苦闘していた人物とは思えない発言ですね」
「ちょっと、それとこれでは話が違うでしょう」
その話題には触れないようにしていたのに、なんでさらっとシャワーの話を持ち出すのよ。恥ずかしいからやめてよね。
「それじゃあ、せっかくです。二人で土蜘蛛の討伐でもしてきますか」
「ま、待ってよ。土蜘蛛といえば、兵士二十人がかりで討伐する魔物でしょう。それを気軽に討伐するって何を考えているのよ。二人って言っても、魔法が使えないわたしは戦力外だし」
「本当にジュディは知識だけは聖女並みですね。魔物の強さをさらりと言える女性は、そうそういないと思いますけど」
──おや? 珍しく褒められたのか?
アンドレと出会ってからというもの、良いところなしのわたしは、得意分野を見つけた気がして、気取った口調で言ってみることにした。
「誉め言葉として受け取っておくわね」
「……思うことはいっぱいありますが、言い返すのは面倒です。そのまま得意になっているといいですよ。まだらな記憶も残念なジュディらしくて、可愛いですから」
「その言い方。——さては、わたしのことを馬鹿にしていたのね!」
「くくっ。仕方ないでしょう。名前もどこにいたのかも分からないって言い張るのに、土蜘蛛を見つけるほどの魔力感知を、さらっと披露するんだから。おかしくてしょうがないですよ」
それからしばらく彼の笑いは止まらないため、じぃっと何度も睨んでもみたが、少しも気にする素振りもない。
そんなわけで、くつくつと笑い続けるアンドレと共に、ゲートと呼ばれる門の近くまで来たのだ。
彼から見たわたしは、肝心なことはさっぱり分からないくせに、どうしようもない記憶だけ持ち合わせているのが余程おかしかったのだろう。
アンドレは愉快に笑っているけど、どうして、こんなおかしな記憶なのか、自分が知りたいくらいだ。
門の脇で馬を降りれば、そこを守る兵士たちに近づいた。
約十人くらいの兵士たちは、結界の外に向かって一列に並び様子を窺っているようだが、どちらかというと、すでに油断して、その場に立っているだけに見える。
彼らはそろそろ撤退しようとしているのだろうか? 気を緩めてお喋りをしているのだが、むしろそれが、どうかしている。
ちょうど中央に位置する兵士の先に、土蜘蛛がいるのだから、その上を歩けば民間人に被害が出るのは間違いない。
ふと周囲を見れば、列とは離れた所から全体の様子を見ている、二十代半ばくらいの兵士が一人。
その男がこちらを睨んでくる。
というよりも、どうやらアンドレを見ているようだ。
いかにも武将といった猛々しい男が、渋い顔をして眉毛をぴくりと動かした。
その人物の腕に見えている階級章が、他の人物より多いところをみると、上官なのだろう。
他の兵士より相当若く見えるけど、昇級するのに年齢は関係ないみたいだ。
なるほどなと頷くわたしは、この軍にも存在する、絶対的な魔力主義を理解した。
まあ想像するに、この軍の中で、彼の魔力が一番大きいのかもしれない。
そう思ったところで、つと横を見れば、アンドレと目が合った。
アンドレも上官の存在を意識していたみたいで、「さて、彼の所へ行きますか」と、さらりと口にする。
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