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16 窺い合う二人②


「突然どうしたのよ」


「僕は一応忠告したんですからね。ジュディの肌を兵士たちに見られて何かあっても、あとはご自分の責任ですよ」


 急にイラッとするアンドレが店員を呼びつけると、わたしが吟味していた服やら下着を全て買うと言い出した。


 その量に驚いた若い女性店員も、「正気か?」と、わたしの顔を覗き込む。


 わたしときたら、気に入ったのを手当たり次第に並べ、そこからアンドレと相談しながら決めようとしていたのだから。


 全部買うとなれば爆買いもいいところである。


「ちょ、ちょっとアンドレ! 申し訳ないからそんなにいらないわ」


「そうですか。では僕が適当に選んで会計を済ませておきます。ジュディは、好きな服に着替えてくるといいですよ」


「本当! じゃあこれがいいわ」

 と言って、アンドレの勧めに応じ、並べた服の中から一着ぐいっと引っ張り出す。


 白地にピンクの小花の刺繍が散りばめられており、一目で気に入ったやつだ。


「さあ着る服が決まったならジュディは着替えて来なさい」

「はーい」と彼に微笑み、試着室を借りることにした。


 そうして着替えを済ませ更衣室から出ると、アンドレがピンクのカーディガンを持って立っているではないか。


 そのカーディガン……選んだ覚えはないなと不思議に思う。


 それに彼は荷物など持っていないのだが、自分が選んだ服はどこへいったんだろうか。

 まさか、アンドレが全部却下したのかしらと、目を瞬かせる。


「あれ? 荷物は?」


「さすがにあれだけ購入すると、箱いっぱいになりますからね。運んでもらうことにしました。夜には届けてもらえるので安心してください」


 箱いっぱいって。そッ、そっちか!


「えええッ! もしかして、あれを全部買ってくれたの⁉」


「ええ。全部ジュディが欲しかったものなんですよね」

 淡々とした口調で返された。


「だからって、流石にあの量は申し訳ないわ」


「何を着ても似合いそうだし。どれもジュディが気に入ったなら、買わないのはもったいないでしょう」


「え、あ、たくさんお金を使わせて、ごめんなさい。ちゃんと働いて返すから」


「そのために雇ったんですよ。当然ジュディの働きを期待しています。そうだ何か食べたいものはないですか?」


「う~ん、これといってないわね」


 服の話はもういいからと言うアンドレに、咄嗟に嘘をつく。真っ赤な嘘を!

 わたしの頭は、真っ先に肉ッ! と思いついたんだけど、朝から告げるメニューではないだろうと、ぐっと言葉をのむ。

 

「それならお隣のカフェでいいですか?」

 ふぅ〜危なかったぁ。

 やはりそうよね。

 乙女らしからぬ、肉と言わなくてよかったなと、安堵した。

 こうなれば妥当な提案を却下するまでもない。


 すぐ隣にあるお店から、美味しそうなコーヒーの香りが外まで漂っており、店先に出ている手書き看板には、サンドイッチやサラダ、ケーキの絵が描かれている。


 朝食にはちょうどいいため、澄まして答えた。


「ええ、もちろん」

「それと、このカーディガンを着ていてくれませんか?」

「ん? どうして? 別に寒くないわよ」

「そうですか──……」


 何かを言おうとしたアンドレが言葉をのみ、押し付けられるように上着として渡された。


 とりあえず大人しく受け取ったカーディガンを手に持ちカフェに入店した。


 襟ぐりが大きいとはいえ、長袖のワンピースは、店内で過ごすには十分に温かい。別に羽織る必要もないのだが、どうしたのだろうか……。

 まあ、アンドレに比べると、薄着なのが気になるのだろう。どうせ。


 可愛らしいカフェに入店したわたしたちは、感じのいい店員に案内され、大通りの様子が見える、窓際の席へと案内された。


 その席に着いてから、アンドレの目の前に置かれたメニューに、彼は一向に触れる気配はない。


 そんな彼は、すでに注文が決まっているのだろう。わたしの顔をじっと見つめている。


「随分悩んでいるみたいですが、決まりましたか?」

 そう訊ねられたので、自分が開いていたメニュー表を見せた。


「見て見て! このショートケーキ。ホイップクリーム二倍キャンペーンだって。これにしようか、チョコたっぷりパフェにしようか迷っているのよね」


「ん? 朝食を選んでいたんじゃないんですか?」


「ええ、もちろん朝食よ」

「……ああ、そうですか」


 不思議な生き物を見つけたと言いたげな目を向けられたが、それ以上、彼は何も言ってこない。


 散々迷った挙句、チョコたっぷりパフェに決めた!

 通りかかった店員を呼び止めたアンドレは、わたしのパフェとコーヒーを注文してくれた。


「あれ? アンドレは何も食べないの?」

「食事にあまり興味がないので」


「それなのに、朝食に誘ってくれたの!」


「カステン軍の朝食の時間はとっくに過ぎていますし、寄宿舎に行っても、ジュディの食事はないので」


 アンドレが優しく微笑むものだから、恋人同士のデートみたいに思え、恥ずかしくてもじもじと口にした。


「……ありがとう」


「お気になさらず。それより、他に行きたい所はないですか?」

 平坦な口調で訊ねられた。


「それなら、この領地の中を案内して欲しいわ。朝九時だというのに、ほとんどのお店が開いているなんてカステン辺境伯領は珍しいわね。随分人が多くて賑わっているけど、何があるの?」


「この領地は、早朝にこの国を出る人のために宿が多いからね。とはいってもカステン辺境伯領は狭いし、軍事的な施設ばかりで大した楽しい所はないですよ」


「いいのよ。自分がしばらく暮らす場所が分からないと、地に足が付いている気がしないもの」


「それなら後ほど隣国との関所でも見に行きますか」


「うん」と大きく頷き、喜んだところで、アンドレがやれやれとため息をつく。


「僕はジュディから『不動産屋』と言われるのを期待したんですけどね」


「いやよ。あの事務所を出ていく気はないもの!」


「ジュディを事務所においておくのは、約束どおり一か月だけですからね。呑気にしていると、あっという間に期限になりますよ」


「部屋はいっぱい空いているのに、ケチね」


 先ほど事務所を訪ねてきたカステン辺境伯のことは、気にするなと言ったのに、相変わらず出ていけというのか……。


 正直なところ、アンドレから感じるざわざわの正体を突き止めるまで、離れるわけにはいかない気がする。


「本当に我が儘なお嬢さんですね、ジュディは……」

「しょうがないでしょう。自分よがりな性格なんだから! 不動産屋は行かないからね」


 そう言い切ったところで、二人の間に店員が割り込んできた。


「お待たせしました」と、軽やかな声を出す店員が、待望のパフェを運んできてくれたのだ。


 それを見て、思わず「うわぁ~」と声を上げてしまう。


 艶々のチョコソースがたっぷりかかり、チョコ味とバニラ味のまん丸のアイスが二種類も入っている。もちろん、たっぷり絞ったホイップクリームがボリューム感満載である。


 にんまりと顔が綻び、じゅるりと涎がこぼれそうになる。みっともない。

 そしてアンドレの前には、コトンと音を立てて置かれたコーヒーのみ。

 わたしだけいいのかしらと、少々申し訳なくなり聞いてみた。


「アンドレも食べる?」


「え? 二人でそのパフェを……ですか?」


「そうよ。せっかくだもの半分っこしようか。ねッ」


 わたしが手前から、彼は向こうから食べるといいんじゃないかと思い、彼の方へパフェを押し出した。

お読みいただきありがとうございます。

そして、いつも「いいね」を届けてくれる読者様ありがとうございます。とても嬉しいです。

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