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15 窺い合う二人①

「ジュディ、待たせてしまい申し訳ありませんね」


 廊下からノックと共に声が聞こえた。

 アンドレが部屋まで迎えに来てくれたと分かり、すぐさま扉へ駆け寄り彼の顔を覗く。

 何故か顔が赤い。それに酷く項垂れている。


 おそらくだが、彼はカステン辺境伯と相当揉めたに違いない。

 そうでなければ、ここまでへこまないわよね。

 一体何を話していたのかと、心配になる。

 

「カステン辺境伯様のことは、大丈夫なの?」


「ええ、イヴァン卿のことは、全く問題はないので心配しなくて大丈夫ですよ」

 そう言う割に、彼は嘘くさい澄まし顔をする。


「じゃあ、どうしてそんなに落ち込んでいるのかしら」


「ジュディの……いいえ。何を言おうとしたか忘れました、すみません」

 申し訳なさげに言っているが、どうしたと言うのだろう。


 よく分からず「ん? 本当に問題はないの?」と、首を傾げる。


「突然イヴァン卿が来て、ジュディを驚かせて申し訳ありませんでした。彼のことは気にする必要はありませんので、気を取り直して買い物へ行きましょう」


 うんと返すわたしは、当初の予定どおり買い物へ向かう。


 なんだろうか……。

 言い争うカステン辺境伯とアンドレは、随分と親しい間柄に見えた。

 二人はどういう繋がりなのか、関係を知りたい。


 けれど、この手の質問で昨日は、図々しいと呆れられたのだ。

 今一度冷静になり、口走りそうな感情を必死に堪えた。


 たかだか年齢と仕事を訊ねたくらいで野宿に変わったわけだし、布団は逃したくない。


 苦い出来事を思い返したわたしは、カステン辺境伯との関係を、もう少し関係が深まってから訊ねることに決めた。


 それからわたしたちは、彼の馬に乗って、領内にある服屋へ到着した。


 彼が連れてきてくれたのは、辺境伯領の目抜き通りの角にある大きな服屋だ。

 その店は、なかなか小洒落た外観の店舗である。窓から見える店内には、男女問わずの衣裳が並ぶ。


 パッと見たところ、女性の間では、オーガンジーの素材が流行っているのだろうか。

 飾ってあるブラウスにしても、スカートにしても、とても薄くて軽い素材で作られた、女性らしいものが飾られている。


 年ごろのくせに、「流行っているのかしら」なんて思うくらい、お洒落に疎いところみると、あんまりお金のある暮らしを送っていなかったようで、お嬢様ではないなと、しみじみ痛感する。


 そう思いながら店のガラス扉に手をかけ開けようとすれば、スラックスの裾をまくり、あり合わせの白いシャツを着ている野暮ったい自分の格好が映る。


 嫌だな、なんだか恥ずかしい。


 一緒に入店するアンドレは、同伴者の格好を気にしていないかしらと、様子を窺う。


 すると、至って平気な顔をしている彼は、わたしのためにさっと扉を開いてくれた。

「さあ、どうぞ」

「ありがとう」


 彼の目を見て礼を告げた後、今めかしい服がひしめく店内へ入る。すると、キラキラと素敵な服が目に飛び込んでくる。


 うわぁ~、なんて可愛い服がいっぱいなの!


 決して欲張りではないと信じたいのだけれど、ついついあれも、これもと目移りしてしまう。お金もないくせに。


 気に入ったのを手当たり次第、目星を付けた。


 そして、店内を流し見しているわたしの視界に、ランジェリーコーナーが目に止まった。


 下着の存在を忘れていたが、気づいて良かった。これは必須だ。

 けどな……。無駄に種類が多いなと顔が引きつる。


 ……そう。

 形や生地が違う、色とりどりの下着がわんさとある。


 そもそも彼にも予算というものがあるはずだ。

 お金を払ってもらう手前、最後には買いたい品を見せる必要があるだろう。


 絶対に買って帰らないといけないけど、「こんな子どもっぽいのを選ぶんだ」とか「ふしだら」とかアンドレに思われたらどうしよう。


 不安になってアンドレをちらりと見る。

 すると、先ほどまで真横にいたはずの彼の姿がない。


 どこへ行ったのかと思い、ぐるりと見渡し彼を探す。そうすると、彼は買い物に付き合うのに飽きたのだろう。


 扉から外の景色を眺めている。


 何を見ているのかと思って窺っていると、ガラス越しにアンドレとばっちり目が合った。


 わたしが彼を見ているのがバレて、パッと視線を戻した。


 よし、下着を吟味するなら彼が外を見ている今がチャンスだな──。

 そう判断して、無造作にたくさん入っている下着コーナーから物色する。


 そうだなぁ~。とは悩んでみたけど、無難なのってどれを指すんだろうか?

 全部同じ白一択で選ぶと、無難を通り過ぎて、無頓着な気もする。


 それに、何の違いがよく分からないのに、お値段も結構違う。


 人様に見せる予定のない下着ごときに散々迷った挙句。パステルカラーの紫、黄緑、水色、ピンクで一揃え集めてみた。


 それと先に店内を歩いている時に気になった、ワンピースやスカート、ブラウスを何点かずつ手に取り、下着は服に隠すように混ぜ込み、空いていた商品棚へと広げた。

 よし! これでいい。


「ねぇねぇ、どの服が似合うかしら。気に入ったのがいっぱいありすぎて、選べないわ。アンドレの気に入ったのを買おうと思うのよね」


「なんでそんなことを、僕に聞くんですか?」


 何故か恥ずかしげに口ごもる。

 下着は隠れて見えないわよねと、不思議に思う。


「ん? 何が? アンドレの好みを聞いているのよ」


「好みって……。それは、ご自分で選んでください。僕の好みは関係ないでしょう」


「ええぇ~。そんな釣れないことを言わないでよね。こっちは困って聞いているんだから。わたしに、似合う服はどれかしら?」


「似合う服と言われても……」


「なんかね。こうして誰かと一緒に服を選びたいと思っていた気がするの。自分が身に着ける服を、あーだ、こーだ言いながら決めるのを、ずっと憧れていた感覚があるわ」


「そうなんですか──」


「うん。胸の中がふわふわしていて不思議な感じがするの。こうしてアンドレと話をしながら買い物をすれば、何かを思い出せるかもしれないし、アンドレは何がいいと思う?」


「ジュディが選んだのは、全部、露出が多いのでどうかなぁ……。できれば軍の連中の気を引く様な、肩の開いた刺激の強い服は着ないで欲しいですね。トラブルの原因になるので」


「そんなぁ〜。じゃあ、アンドレはどの服がいいって言うのよ」


「僕は、今ジュディが着ている……僕の服が一番似合っていると思います」


 アンドレがそれを言い切ると、顔を逸らした。

 その態度を見て、ははぁ~ん、なるほどなと思う。


「そう。その手できたのね!」

「何がですか⁉」


「服を買ってくれると約束したのに、いざ目の前にしたら、思っていた以上に高くて、買うのを躊躇っているんでしょう」


「え⁉ どうしてそうなるんですか?」

 目をパチクリさせるアンドレから動揺の色が見えるため、ほらね、と思うわたしは顔を背ける。


「もういいわよ自分で何とかするから。やっぱり指輪を売って、お金に換えてから出直すわ」


「だから、それは売るなと言ったはずです。分かりました。そういうことなら、ジュディが気に入ったものを全部買うとしましょう!」

お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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