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11 あなたは誰③

 魔法を使えないわたしでは、魔法の難易度を見分けられないと思ったのかもしれない。

 彼は油断して、髪を乾かしてくれた気がしてならないが、巧みな風魔法を目の当たりにすれば、アンドレの魔力は、ただ単に大きいだけではない。そう理解した。


 だけど現実、雑役兵だという彼は、火魔法と風魔法を掛け合わせる、高度な魔法をさらりと使いこなしている。

 そんな彼の実力なら、上官でもおかしくないのに、全くもって不思議だ。


 怒られるかもしれないと思ったが、我慢できずに口が勝手に動く。


「ねえ、アンドレは魔力量が多いのに、どうして雑役兵なの? 隊員じゃないのはもったいない気がするけど」


「それは……。初めに伝えたでしょう。僕は家族に捨てられたので、身分証がないんですよ。身元を証明できない人間は、正規の隊員になれませんから」


「えぇえ~そうなの? それじゃあ、わたしも駄目なのか。雑役から隊員への昇格を目論んでいたのに」


「ははは、随分と欲張りですね」


「どうしても無理かしら」


「無理ですね。カステン軍は、ここの領主に伴って国の外へ出る必要もありますから。場合によっては兵士だけで調査に赴くので、身分証がなければ、国を抜ける関所を越えられないから仕事が務まりません」


「そんなぁ」


「そもそもジュディの場合は、魔力がないから話になりませんけどね」


「あ、そっか。だけど、どうしてだろう。魔物の討伐が得意な気がするのよね。何かを殺める使命があった気がするんだけど」


「……。そんな使命、そのまま忘れていなさい。あなたのためにも」

「いいのかなぁ? そんな風に流しても。なんだか大事な任務だった気がするのよ」


「大事な任務ですか……。まあ、それは置いておくとしましょう。ですが一つ頼みがあります」


「なあに?」

 アンドレが一段と真剣な顔でわたしを見つめた。


「僕の魔力量が多いことは、他の人には言わないで欲しいんです。あの時は油断して、ジュディに知られてしまったけど、僕の魔力が二十級を越えているのは、周囲に知らせていないから」


「別にいいけど。その魔力、もったいないわね」


「まあ、いいんですよ──。……先ほどは、ジュディを心配するあまり、慌てて浴室に入ってしまい、申し訳ありませんでした」


「えぇ、あッ、あぁ。まあ、いいわよ」

 彼は魔力の話題を続けたくなかったのだろうか? 脈絡もなく、浴室の話にすり替えられた。


 こちらとしても、遠ざけていた話題を振られたせいで、なんて答えるべきか分からず、つい、思ってもいない「まあ、いいわよ」と、言ってしまった。


 恥ずかしそうに視線を外した彼は、何かを見た気がしてならず、やっぱりよくないわよと、言い直そうとした矢先。「アンドレ!」と叫ぶ、男の人の声が聞こえた。


 その声がする方向を見ると、エントランスに美しい身なりの貴公子が立っている。


「出掛けるところだったのか?」

「ええ、まあ」

 と、アンドレが平然と答える。


 アンドレと見比べて見ると、彼より十歳は年上だろうか?

 セーターを着るアンドレと違い、黒いジャケットを纏う男は身分が高いようにも見える。


◇◇◇


「第一部隊長が『アンドレが彼女を軍の事務所に連れこんで、私的に利用している』と直訴してきたから、覗きに来たんだが……。自分の服を着せて、どういう趣向だ? ナグワに聞かせる面白いネタができたな」


「イヴァン卿。厄介なナグワ隊長の勘違いを更に増幅させる、どうしようもない思い込みはやめてください」

「ふっ。事実だろう」


「彼女は恋人ではありませんし、僕とはなんの関係もありませんから」


「ああ、そっちだけの関係な。まあアンドレだって女が欲しいときだってあるだろう。俺は理解があるから責めたりしないさ」


「は? そんなときは、ないですよ」

「そうか?」


「何ですか一体。僕は急いでいるんですけど」


「なあなあ。この美人。紹介してくれないか。ナグワがアンドレに彼女ができたと思い込んで、周囲のやつらに当たり散らして手に負えん。別にアンドレの彼女じゃないならいいだろう。あいつに紹介してやるよ」


「ええ、もちろん紹介しますよ。先ほどカステン軍の雑役兵として採用したんですから」


「雑役兵? な~んだそっちか。それでその格好な」

 カステン辺境伯があからさまに肩を落としたが、わたしの話をしているようだし、第一部隊ナグワ隊長は、警戒すべき人物としてひとまずインプットした。

 

「ええ。厨房のエレーナが人を欲しがっているのは、以前から報告していたでしょう。仕事を求める人材がやっと手に入りましたからね。辺境伯領の軍には女性用の宿舎はありませんし。アパートが見つかるまで、ここで暮らすだけです」


 アンドレがわたしをカステン辺境伯に紹介したため、挨拶しようと表情を作る。


「今日からお世話になります、ジュディです。よろしくお願いします」


 堂々と名乗ったのだが、本当のところ「ジュディ」がわたしの名前かは知らない。


 それしか分からないから仕方ない。

 とりあえず姿勢を正し、なるべく美しく見えるお辞儀をする。


 その様子をカステン辺境伯から、まじまじと見られている。まるで品定めをするみたいに念入りに。


 わたしとしては彼から挨拶を返されると思っていたのに、何やら様子がおかしい。


 わたしが挨拶を終えた直後──。

 楽しげに笑みを浮かべていたカステン辺境伯の空気が緊張感に満ち、怪訝な表情を浮かべている。


「随分と綺麗なカーテシーだが……。アンドレはどこかのご令嬢を攫ってきたのか?」


「さっきからイヴァン卿は、なんですか……人聞きが悪いですね」


「じゃあ、どういうことだ……今のカーテシーは? 説明をしろ! この女は家名を言わなかったが貴族だろう。それも相当に教育を受けた家柄のご令嬢にしか見えない。ここの軍に怪しい人物を近づけるな。早く追い出せ、大問題になるぞ!」


 激怒するカステン辺境伯の一方。アンドレから、はぁ~と深い息を吐く音が聞こえる。


 どうしよう。

 わたしが無理やりここに居候させて欲しいとお願いしたせいで、揉め事になっているみたいだ。



お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク登録をして、引き続き読み進めていただけると、とっても嬉しいです。

今後もよろしくお願いします。

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