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9 あなたは誰①

 この宿舎の裏側に、彼が暮らすカステン軍の事務所があった。


 そこに間借りしているのがアンドレなのだが、ここで一つ疑念が湧く。


 事務所の管理人って、そもそもこんな若い人がするものかしら? 退役兵が務めるのが一般的だろうし、魔力が並みの兵士より俄然多い男が、どうして隊員ではないのか? いや、普通に考えれば隊長クラスだろうに。


 そんな風に考えてしまうほど、彼のことを探ると疑問は尽きない。


 だがしかし、彼に個人的な話を聞き、こっぴどく拒絶された昨日の記憶が鮮明に残る。


 これ以上怒らせる必要もないから、もう聞く気はないけど。


 何も持たない身だし、世渡り上手になっておこう。

 追い出されたら、行き場に困るのは自分だ。


 結果、彼の年齢さえ聞けていないが、見た目年齢は二十歳ってところか。


 彼は事務所と呼んでいるが、レンガ造りの大きな建物は、相当に立派な邸宅である。


 彼にエントランスの扉を開けてもらいその中へ入ると、建具一つ一つに金の装飾やら彫刻が彫られている。


 この邸宅は妙に豪華だ……。


 わたしは建築関係の知識は疎い方だと思う。そんなわたしでさえ、丁寧な造りね、と感じる住居だ。


 ただの事務所にしてはもったいない。

 どう見ても、あり合わせの材料で安価に建てたものではないのだから。


 そのうえ清潔で埃一つない。

 こんな綺麗な場所にくれば、今の自分の格好が恥ずかしく思え、ここは遠慮せず、駄目元で頼むことにした。

 

「シャワーを浴びたいわ。このまま買い物へ行くのは汚れすぎている気がして、アンドレに申し訳ないから」


 髪を手櫛でとかすが、なんとなく砂っぽく、外で眠りこけたわたしは酷く汚れている。

 自分でいうのもなんだが、可憐な乙女のくせにね。


 それに、このまま買い物へ行くのは、店の人にも悪いだろう。


 店員から試着を断られそうだし、一緒に歩くアンドレに恥をかかせる気もする。


「僕は気になりませんが、汗を流したいなら遠慮なくどうぞ。それから買い物に行きましょう」

「ありがとう。助かるわ」


 彼の心遣いで、手始めに浴室を借りる。

 とはいえ場所の分からないわたしは、促されるまま邸宅内をついて歩く。


 そして一通りの準備を終え、意気揚々服を脱いで、いざ浴室へ。

 人の家の浴室を使うのは、ちょっと緊張するのよね、なんてどきどきしながら入ったのだ。


 とても丁寧に石鹸やシャンプーが並べられ、なんなら蛇口に水垢一つなくピカピカと輝いている。


 アンドレって綺麗好きなのね、なんて思いながら蛇口をひねる。

 ──だがしかし、お湯が出ない……。


 大司教のガラス玉をちゃんと手に握りながら、蛇口をひねっている。

 それ以上の使い方はないって、アンドレから教えられた。


 それなのに、お湯はおろか水もでない。


 ──何故だ……。


「あれ? おかしいな。どうなっているのよ!」

 予期せぬ事態に動揺して、バンバンと蛇口を叩くが、お湯が出るわけもない。


「お湯を出したいだけなのに、どうして少しも出てこないのよ!」

 ──しばらく様子をみるが、シーンと静まり、色んな意味で寒いだけ。

 やっぱり出てこない……。


 言葉が必要なのかと考えた結果、優しく語りかけてみた。


「ねえお願い。出てきてちょうだい。寒いのよ」

 やはり、そんなことをしてもシャワーからお湯が出る気配は一切ない。一切よッ!


 ──どういうこと?

 わたしは、なんと言っても魔力なしだ。だから毎日このガラス玉にお世話になっていたはず。


 それなのに使い慣れている『大司教のガラス玉』の使い方が、さっぱり分からない。


 しばらく悪戦苦闘していたが、体が冷えてぶるぶると震えてきた。


 蛇口と睨めっこを続けたところで、いつまでたっても一滴たりともお湯が出ない。

 痺れを切らし、「ああぁ〜。もう何なのよ! 次から次へと困らせないでッ!」と、大絶叫してしまう。


 すると、わたしの怒鳴り声を聞いたアンドレが心配してくれたのだろう。


「どうかしましたか?」と、平然と入ってきた。その途端、彼は慌てて、くるりと背中を向けた。


「ねぇ! 寒いのにお湯が出ないの」


「エッ。あッ、何っ! ジュ、ジュディは、こっこれを巻いて、そっちを向いて!」


 アンドレが、しどろもどろにそう言うと、後ろ手に「ほらっ」と、バスタオルを差し出す。


 へッ? と思うわたしは下を向き、自分の姿を見る。

 ──ぽろんと、ちょっと大きめで丸出しの胸が目に飛び込む!


「キャァアァー」


 それに気づいた途端、顔から火が出ているんじゃないかと思うほど熱くなり、今さらながらにあたふたする。わたしの馬鹿!


「こ、こらっ。変な悲鳴を上げないで」


「だって、急に入ってくるからでしょうッ!」


「ジュディが一人で大騒ぎをしているから、何かあったのか心配しただけです」

 彼の言いたいことも分かるが、それどころじゃない。


 年若い男女が二人っきりの場所で、良からぬ状況じゃないか。

 そんな正論はいいから……早く出ていってよ。いや、出ていく前にお湯を出してくれ。


 何としてもシャワーを浴びたいんだから、お湯が欲しいのだ!

 そんなわたしは選ぶべき言動を冷静に見極め、彼から奪うように受け取った大きなバスタオルを、勢いよく体にぐるっと一周、巻いた。


 そして、ちらりと後ろに顔を向け、彼がわたしの方を見ていないか確認する。


 真後ろを向く彼は、一ミリたりとも動く気配はない。

「なッ、何か見たかしら?」

「い、いいえ、見ていないです!」


 嘘くさい返答をした瞬間、彼の髪が赤く変化した気がしたけれど、きっと気のせいだろう。


 だって、赤は特殊な色だ。……王族の色。絶対にあるわけない。

 おそらく動揺したわたしの目が血走っているせいだと、自分に言い聞かせる。


「うッ、嘘だわ。何か見たでしょ!」


「み、見ていたとしても。べ、別にジュディの裸に興味はありません。見たくもないものを見せられる僕の迷惑も考えてください」


「悪かったわね、変なものを見せて」

「……」


 それ以降、何も言わないアンドレがシャワーのお湯を出して、そのまま、そそくさと立ち去っていった。


 どうして彼が、恥ずかしそうに耳を赤くしているのよ。

 こっちが、気まずいじゃない……。


◇◇◇



お読みいただきありがとうございます。

投稿が分かるよう、ブックマーク登録をしてお読みください。

引き続きよろしくお願いします<(_ _)>

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