騙し絵の不安
「今日は帰りましょう。充分な収穫でした」
「はーい」
帰りに大きなケーキでも食べましょう、などと言いたくなったが生憎持ち合わせがないのである。自分の不甲斐なさがちょっと申し訳ない。手持ちのお金が足りなくて困るというケースはセンリにはあまり縁のないものだった。思い返してみると、昨日のランタン以来だ。
最近だった。
ともかく(と誤魔化して)、今度お礼をしようとセンリは心の中でこっそりと決めた。
センリは最後に少しだけ大部屋の内部を見回ることにした。ランタンの光がなるべく多くのスペースを照らすようにして、大雑把に周囲を把握しながら帰り道に戻る。
「あれ……」
——なにか違和感があった。
しかしぱっと見ただけなので、なにが違和感なのかすらわからない。振り向いて見ても、暗闇があるだけだ。それほどこの部屋は大きい。
ぼんやりと自分の記憶を辿っていると、部屋の出口に来ていた。もっと考える時間が欲しかったが、思考しながら歩いている時はあっという間に過ぎる、そういうものだろう。
「そういえばさ」 部屋を出ると、ミコさんが話しかけた。
「センリくんは、どうして竜忘れの洞窟を調べようと思ったの?」
洞窟の帰り道を歩きながら、センリは答える。
「気になったから、という回答では駄目でしょうか」
「あっ、いやっ、違うの! 別にプライベートなところまで詮索しようってわけじゃあ……ご、ごごごめんなさいっ」
「ああ、意地悪で言ったのではないんです。僕がこの洞窟に目をつけたのは、気になったからなんです。いかにも何かありそうで何もないここが気になった。だから調べていたんです」
「へぇー。たしかに、やっぱり変な場所だったもんね!」
そう言った後、ミコは少しの間、口をつぐんだ。
「え、ええと、じゃあ、特定の何かを探してる、ってわけじゃないのかな。なんというか、その、目的というか、目当ての物というか」
「そう——ですね。いえ、あります。……ただ、それが竜忘れの洞窟で見つかるか、というと難しいですね。なぜなら僕の『目当ての物』は——さながら御伽話、忘れられた幻想のようなアイテムですから」
「え? それって……」
「未だ誰も手にしたことがなく、本当に実在するのかも不明――『幻想級』に指定されたアイテム。それを蒐集するのが、僕の目的です」
「幻想級……。本で読んだことある!」
「ああそうか……ミコさんはアイテムショップの店員さんでしたね」
「そうです。店員さんです。勉強は怠らないのです」
ミコさんは自慢げである。確かにえらい。
——幻想級は、やはりここにあってもおかしくない。だが、このなにもない洞窟の、いったいどこに?
出口まであと半分というところまで来て、センリの頭にはまだ先程の違和感がちらついていた。
——あれはなんだったんだろう……。
どこがおかしいのかわからない騙し絵を見ているような——もやもやとした感覚。僕はどこでそれを感じた?いったい、何を見た時に……。
「そうだ……」
あやふやだった記憶がはっきりとした絵になり、今センリの頭の中で引っ掛かっていたことが明確になった。
「『歪み』だ」
「えっ?」
「来てください。戻ります」
センリはミコさんの手をやや強引に引っ張り、再び祭壇と石像のある大部屋へ急いだ。
「やだ、センリくん、力つよ……。もしかしてもしかして、あの暗がりで!?」
「そうです!」
そうなのかよと指摘する人物はこの洞窟には存在しなかった。
人々から忘れられ、モンスターたちすら寄り付かなくなった、この竜忘れの洞窟には、二人以外は誰も。