ミコ・イヌイルの妄想性現実
フォルト族のミコ・イヌイルは幸せの絶頂にいた。
妄想の中では何度もシミュレートしたことだった。でも、まさかこんな夢のようなことが現実に起こりうるなんて……。
年下の美少年が「僕と付き合ってください」だなんて……。
——なんて答えるのが正解なんだろう?
喜んで、だとなんだか下心が漏れてしまっているように感じる。いやこの場合の下心とは特別やましい意味ではないのだが。
ここは大人な対応を見せるべきだろう。そして信頼できそうなお姉さんだと思ってもらう。これだ!
ミコは少年と目線を合わせるために少しだけ屈んで、右手の指を広げて胸の前に当てた。
「わ、わたしで良ければ!」
だ、だめだ!声がうわずってる!
少年はミコの迫力(?)に驚いたようだったが、すぐにクールな顔に戻った。
「あ、ありがとうございます。急に、すみませんでした」
目線はミコにしっかり合わせたままで、少年は頭を下げなかった。そうしたところから窺える氷柱のように固く細いまっすぐな信念も、ミコは可愛いと思った。
「お姉さんはまだお店の仕事がありますよね。ミノウ平原の……洞窟みたいなところに行きたいのですが、いつが空いてますか」
「え」
え。
まさか。
もうデートに誘ってくれてるの!?
急すぎる! なにもかも!
ミコは必死に頭を回転させたが、もはや何に対して考えを巡らせればいいのかすらわからず思考は空転した。頭についた茶色の獣耳はふにゃふにゃである。
「とりあえず明日はおやすみです」
もはや自分が喋っているという感覚はなかったが、どうにかそれだけを絞り出した。
だが、少年はミコのパニックには気付いていないようだった。
「いいね。よし……。じゃあ明日の朝だ」独り言のように呟いている。「明日の朝八時、このお店の前で待ち合わせでいいですか?」
「は、はい」
ミノウ平原ならここからそう遠くはない。待ち合わせにはこの店がちょうどいいかもしれない。
いや、そんなことはどうでもいい。
心の準備である。できていないのだ、それが。
「じゃあ、僕は帰ります。明日の準備を急いでやらなきゃ」
そういって少年はドアの方へ振り向いて、立ち去ろうとした。
「ま、待ってぇ!」
えーっと、えーっと。つい引き止めちゃったけど、どうしよう。何も考えてない。わたし馬鹿だ……うううもう消えたい……。消えてしまいたい……。
「な、名前! 教えてくれないかな?」
少年は顔だけでミコの方を振り返って、答えた。
「——センリ、です。今日は本当にありがとう。明日楽しみにしています」
バタン、とドアが閉められた。
客のいない店内、商品棚が静かに存在している。
ミコは、その日はずっと口から魂を出しながら店員をこなした。
「……これって現実なんでしょうか?」