080・これからも共に
第80話になります。
よろしくお願いします。
僕と姉さんは、すぐに冒険者ギルドへと足を運んだ。
手紙の内容……そのより詳しい情報を知るため、直接、話を聞かせてもらおうと思ったんだ。
ギルドに到着。
受付に事情を説明すると、奥の個室に案内された。
応対してくれたのは、調査課担当だという年配の男性ギルド職員だった。
ゴトッ
彼は目の前の机に、1本の短剣を置いた。
刃渡り30センチほど、刃の部分が鱗模様の金属で作られた、独特な形状の短剣だった。
(これは……?)
僕は困惑する。
けれど、姉さんは目を見開いて、
「これ……お母さんのだ」
と呟いた。
え?
姉さんは震える手で、それを取った。
柄頭を確かめると『エマ』の文字が刻まれていた。
伯母さんの名前だ。
ギルド職員さんは痛ましそうな顔で、それがダンジョン遺跡で発見された品だと教えてくれた。
姉さんは泣きそうな顔だ。
ギュッ
短剣を抱きしめる。
姉さん……。
僕は小さな手で、その背中に触れた。
背中は震えていた。
…………。
それからギルド職員さんは、より詳しい話を教えてくれた。
◇◇◇◇◇◇◇
5年前、姉さんの両親はダンジョン遺跡で行方不明になった。
そのダンジョン遺跡の名は、『深奥の蒼き大洞窟』。
アルパ領の北西にあり、隣のコスタ領にも近い位置で発見されたダンジョン遺跡だ。
当時は発見されたばかり。
けれど5年経った今では、王国でも最大規模であり最難関ダンジョン遺跡の1つといわれるモノになっていた。
形状は自然洞窟。
けれど、その距離は推定100キロ以上だとか。
現時点で踏破されているのは、入り口から25キロほどでしかなく、まだまだ全容は計り知れないのだそうだ。
…………。
そして先日、その距離が更新された。
王国でも有名な冒険者たちで、彼らは30キロ地点まで到達したそうだ。
未到達距離の更新。
けれど、
「この短剣は、そこで発見されました」
と、ギルド職員さんは言った。
……は?
僕と姉さんは、呆けた。
ここからは推測ですが、と前置きして、職員さんは話しだした。
銀印の冒険者エマと、その夫、紫印の冒険者ルインの2人組は、5年前に30キロ地点に到達していたのではないか、というのだ。
未到達だと思われていた地点。
現在の冒険者が5年かけてようやくたどり着いた場所に、2人はすでに到達していた可能性があるのだという。
それは、とんでもない偉業だ。
現在のように『深奥の蒼き大洞窟』の情報が全くない中で、その深度まで辿り着いたのだから。
ギルド職員さんの表情は、真剣だ。
そして興奮があった。
それだけの偉業は、王国の冒険者の歴史の1つとして名が残されてもおかしくないものだ……そうまで言われた。
…………。
僕と姉さんは、戸惑うしかない。
伯母さんたちが5年前、それほどの大記録となることを成していたなんて、想像もしていなかったから。
(……でも)
行くは易し。
けれど、帰りは難し。
王国最難関のダンジョン遺跡をそこまで踏破して、けれど、2人は帰還できなかった。
引き返すタイミングを見誤った。
その結果が行方不明ということなのだろう。
「…………」
姉さんもそのことを思ってか、うつむき、唇を噛み締めていた。
ギルド職員さんもハッとする。
少し恥じ入るような表情をしてから、話を続けてくれた。
…………。
今回、見つかったのはこの短剣だけだ。
他の荷物はなく、2人の遺体も確認できていない。
恐らく、5年前の2人は『深奥の蒼き大洞窟』の更なる深部に向かったのだろう。
今後も調査は続ける。
ただ……仮に不幸があった場合、2人の遺体は、この5年の間に魔物などに食べられてしまった可能性もあるので、期待しない方がいいかもしれない。
そんな風に説明された。
(……姉さん)
僕は姉さんを見る。
姉さんは、ギルド職員さんの言葉に無言で頷いていた。
…………。
また回収されたこの短剣は、姉さんに渡されることになった。
ダンジョン遺跡で見つけた品は、基本、その冒険者の物になる。
けれど、事情を説明したら、発見した冒険者たちは快く、これを姉さんに渡すように言ってくれたそうなのだ。
その善意がありがたい……。
姉さんも「その冒険者の方たちに、よくお礼を言っておいてください」と頭を下げて、ギルド職員さんにお願いしていた。
僕も隣で頭を下げておいた。
…………。
そうして話を聞いた僕らは、冒険者ギルドをあとにした。
◇◇◇◇◇◇◇
家に帰った僕らは、レイさん、アリアさんにも事情を説明した。
2人は話を聞いて、
「そうか」
「……ま、短剣だけでも見つかってよかったわね」
と頷いた。
姉さんも「うん」と頷いた。
話を聞いてショックを受けたためか、少しだけ顔色が悪い。
そんな姉さんを見つめて、
「それで、ユフィはどうするんだ?」
と、レイさんが聞いた。
どうする……?
それはつまり、伯母さん伯父さんを探すため、まだダンジョン遺跡に潜る気持ちがあるのか、ということだ。
僕も姉さんの横顔を見つめる。
姉さんは、
「もちろん、お母さんたちを探すわ」
と答えた。
顔色は悪くても、目には力があった。
生存は絶望的だ。
でも、遺体は見つかっていない。
死は確定していないんだ。
「それに……お母さんたちが見ただろう景色を、私も見たい。2人が命を懸けてまで挑んだ先の景色を」
姉さんは、そう言った。
人類未到達の領域へ、伯母さんたちは行った。
その景色を。
そこにあるものを、姉さんも見たいと願っていた。
それは過酷なものだろう。
でも、
「いいんじゃない? ユフィの気の済むようにしなさいよ」
アリアさんが肩を竦めた。
その過酷な道を共に歩むかもしれない彼女は、姉さんと僕を見る。
そして、
「アンタら姉弟は、アタシの敵討ちを手伝ってくれたわ。なら、今度はアタシの番。最後まで付き合ってあげるわよ」
そう続けた。
(アリアさん……)
姉さんも驚いた顔だ。
レイさんも「そうだな」と頷いた。
「ユフィの事情は知っていたし、今更だろう。それにユフィは、もう大切な友人だ。その友人を見捨てるような真似はしないさ」
と、大人っぽく笑った。
(レイさんも……)
2人の言葉に、僕も胸が熱くなってしまった。
姉さんも、
「アリア……レイ……」
と声を震わせ、泣きそうになっていた。
2人は椅子から立ち上がり、姉さんに近づくと、左右から姉さんの身体を抱きしめた。
…………。
僕も小さな手を伸ばして、姉さんの手を握った。
ギュッ
金色の前髪の隙間から、姉さんが僕を見る。
小さくはにかんだ。
そして、堪え切れない涙がポロポロと、姉さんの頬をこぼれていったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
翌日から、僕らは冒険者としての活動を再開した。
伯母さんたちの消えたダンジョン遺跡へ早く行きたいけれど、僕らには、まだそれだけの実力がなかった。
今は自分たちを鍛えなければ……。
そして、ダンジョン遺跡に入れる資格の『白印』へのランクアップを目指すんだ。
そのためにも、クエストだ。
僕らは戸締りをして、冒険者ギルドへと4人と1匹で向かった。
…………。
歩いている僕の腰ベルトには、発見された『伯母さんの短剣』も提げられていた。
実は、姉さんから、
「アナリスが持っていて」
って言われたんだ。
いいの……?
最初は僕も戸惑ったし、遠慮もあった。
だけど、
「きっと、お母さんがアナリスを守ってくれるから」
姉さんはそう微笑んだ。
…………。
その笑顔に、僕も覚悟を決めて頷いたんだ。
ちなみにレイさんの話によると、これは『竜鱗の短剣』という希少素材で作られた武器なんだそうだ。
かなり高価な上級者装備。
所有者も少なくて、だからこそ、冒険者ギルドも伯母さんの所持品だったとすぐに確認できたのだそうだ。
……何だか重いなぁ、色々な意味で。
カチャッ
何となく、その柄に触れてしまう。
すると、
「アナリス」
姉さんが僕を呼んだ。
顔をあげる。
姉さんは優しく笑って、僕の手を握った。
ギュッ
伝わる温もり。
僕に向けられる愛情に、胸が熱くなった。
僕も笑った。
キュッ
小さな指に力を込めて、握り返した。
そんな僕らに『クルル……』と大きな身体のミカヅキが寄り添った。
レイさんとアリアさんも、笑顔であとに続く。
…………。
そうして僕と姉さんは、今日も仲間たちと一緒に、青空の下の領都の通りを歩いていった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
アナリスとユーフィリア達の物語は、これにて完結となります。ここまで読んで下さった皆さん、本当にありがとうございました!
正直、まだ続けるか迷いましたが、ちょうど1つの区切りとなるここまでとさせて頂きました。
アナリス達の人生はこれからも続いていくと思いますが、どんな人生を送っていくのか、どうか皆さんに想像して楽しんで貰えれば幸いです。
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作者は、
『少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~』(https://ncode.syosetu.com/n2270et/)
という作品も書いています。
こちらは書籍化しているので、小説としてある程度のレベルにはあるものと思っています。
アナリス達の物語のあとに何か読む作品を探していらっしゃるのであれば、もしよかったら、こちらも読んでみて下さいね♪
作者の初ウェブ小説なので色々と粗削りですが、どうぞよろしくお願いします。
以上、ここまでお付き合い下さり、本当にありがとうございました。
この作品を書く事で得た経験を、また次回作に生かせればと思います。
また皆さんも、これから新しい作品と出会い、楽しい読書時間を過ごされますように願っております。
改めまして、皆さん、本当にありがとうございました!
月ノ宮マクラ




