077・死闘
第77話になります。
よろしくお願いします。
クレイマンの生身の左手には『呼び鈴』があった。
チリン
それが鳴らされた。
すると奴の背後の森がざわめき、木々をへし折って、銀毛の大猿が2頭、姿を現した。
体長5メード強。
銀の毛は金属みたいな光沢で、両手は鉄球みたいに膨らんでいた。
レイさんが、
「シルバーコングか」
と、魔物の名を呟いた。
ミカヅキは『ガルル!』と牙を剝きながら、2頭の大猿と向き合った。
大猿たちは、
『ウホッ、ウホッ!』
ガンガン
その鉄球みたいな拳をぶつけ合い、ダークウルフを威嚇する。
2対1。
さすがにミカヅキ1体で対抗するには不利だ。
(どうする……?)
悩んでいると、
「アンタは、ユフィと一緒にクレイマンを頼むわ」
と、アリアさんが言った。
え……?
「シルバーコングの1頭は、アタシとレイが受け持つわ。アンタにもらった麻痺と睡眠の薬を使えば、アタシら2人でも対抗できるでしょ」
思わぬ提案だった。
レイさん、姉さんも驚いた顔だ。
でも、
「そうだな」
レイさんは頷いた。
銀毛の大猿を見ながら「分担するなら、それが最適だ」と、片手剣と円形盾を構えた。
…………。
いくら2人でも厳しい、と思えた。
それに、アリアさんだって、自分の手で因縁の相手と決着をつけたいだろう。
だけど、そう提案した。
全ては、奴を確実に捕らえ、そして皆で生き残るために。
様々な感情を殺して、最善を選んだんだ。
その覚悟が沁みる。
僕は姉さんを見た。
姉さんも、強い覚悟の表情で頷いた。
「わかった」
僕は頷いた。
アリアさんは振り向かずに、
「任せたわよ」
とだけ言った。
その信頼に応えたい――そう強く思った。
…………。
そして、僕らはそれぞれの敵へと向かって走り出した。
◇◇◇◇◇◇◇
僕と姉さんは、クレイマンへと走った。
クレイマンは笑う。
右手の義手をこちらに向け、填め込まれた魔法石を輝かせた。
ヒィン
その正面に光球が生まれる。
そこから魔法の『光の矢』が次々と放たれた。
「はっ!」
姉さんは、火属性に赤く輝く槍を振るった。
バシュッ ボヒュッ
走りながら、迫る矢を次々と撃ち落として、空中に赤い火花を散らしていく。
(凄い!)
その神業に、クレイマンも驚いた顔だ。
姉さんは、そのまま銀髪のエルフに肉薄して、鋭く槍を振り下ろした。
バシィン
魔法の盾がそれを弾いた。
赤い槍と光の盾の間で、ボボッ……と炎が溢れる。
(今だ!)
その瞬間を狙って、僕は片膝立ちで狩猟弓を引き絞った。
ヒュボッ
風属性の矢を放つ。
威力と速度はあった。
けれど、さすがに予想されていたのか、クレイマンには身を捻られ、あっさりと回避されてしまった。
そして、その義手の魔法石が輝く。
ボバァン
「きゃっ!?」
姉さんの正面で、魔法の爆発が起きた。
「姉さん!?」
僕は焦った。
でも、姉さんは素晴らしい反射神経で後方に引いていたらしく、大きなダメージはなさそうだった。
よかった。
だけど、長い金髪の一部が焼けてしまっている。
姉さんがいつも手入れしてる髪なのに……っ。
クレイマンは「ちっ」と舌打ちしながら、何度も義手の魔法石を輝かせた。
ボォン ボボォン
空中に何度も魔力爆発が起きる。
でも、姉さんは素晴らしい速度で、その爆発を必死にかわし続けた。
(このっ!)
これ以上、攻撃させない。
姉さんを援護するために、僕は連続して矢を放った。
バシィ バシィン
魔法の光の盾が、それを防ぐ。
攻撃が中断した瞬間、姉さんは、クレイマンへと再び襲いかかった。
「ふん!」
クレイマンは義手を地面に向けた。
ジュバッ
姉さんの足元に水が噴き出し、ぬかるみになった。
あれは、アリアさんの技。
いや、もしかしたら、クレイマンが幼いアリアさんに教えた技術だったのかもしれない。
足を取られ、姉さんはたたらを踏んだ。
その間に、クレイマンは簡単に距離を取る。
僕が放ち続けた矢は、けれど、ずっと魔法の光の盾に防がれていた。
(くそ……っ)
やはり、一筋縄ではいかない。
そんな僕と姉さんに、クレイマンは『なかなかやるな』といった顔で笑っていた。
◇◇◇◇◇◇◇
一方で、ミカヅキたちの戦いも続いていた。
レイさんとアリアさん、ミカヅキが、それぞれシルバーコング1頭ずつと戦闘状態だ。
まず、ミカヅキ。
彼女の放った雷撃は、銀毛に防がれていた。
きっと、耐電の毛なのだろう。
もしかしたら、クレイマンがミノタウロス戦を思い出して、対ミカヅキ用の魔物を用意していたのかもしれない。
なので、巨大な魔物たちは肉弾戦を行っていた。
バキィ ズガァン
巨大な牙と爪、鉄球みたいな拳が周囲の木々を、地面を破壊していく。
一進一退だ。
『ガルル!』
『ウホォ!』
ダークウルフも、シルバーコングも1歩も引かずに争っていた。
レイさん、アリアさんの戦いは、かなり際どかった。
巨大な鉄球みたいな拳を、レイさんの円形盾が必死に受け流していく。
ガゴォン
その度に衝突音と激しい火花が散った。
よく見れば、衝撃で盾が歪に変形していた。
レイさんの技量でなければ、即、圧殺されていただろう。
そうしてレイさんが時間を稼ぐ間に、アリアさんが麻痺や睡眠の薬を混ぜた水蒸気を放っていた。
ジュボオッ
シルバーコングは、それを吸う。
効果はすぐに発揮して、その動きは鈍くなった。
「はあっ!」
レイさんは、即座に片手剣で斬りつける。
ザキュッ
けど、その分厚い筋肉と硬い銀毛に遮られて、簡単に致命傷は与えられなかった。
そして、その間に魔物は回復する。
レイさんは再び防戦となり、アリアさんはまた必死に魔法を紡いでいた。
僕と姉さん、クレイマンの戦いも一進一退だ。
姉さんが肉薄し、クレイマンはそれを防ぐように魔法を放つ。
距離の奪い合いだ。
お互いに、自分有利な距離にしようと必死に動いていた。
現状では、多彩な魔法を操るクレイマンの方が若干有利で、僕が弓矢で援護することでようやく互角の戦況だった。
…………。
でも、このままだと厳しい。
今は、どこも膠着状態。
そして、僕の矢は有限で、いつかは途切れてしまうのだ。
そうなったら、姉さんは……。
(っっ)
その想像を、必死に振り払う。
もしそうなったら僕も殺されて、結果、レイさん、アリアさん、ミカヅキもクレイマンの参戦によってやられてしまうだろう。
つまり、僕らの負けだ。
…………。
手を打たなければ。
何か、現状を打開できる手を。
(……ん)
このままでは負けてしまうなら、駄目元でもやってみるしかない。
僕は覚悟を決めた。
◇◇◇◇◇◇◇
ガシャッ
矢筒から赤い先端の矢――火属性を付与した矢だけを取り出した。
次々とそれを放つ。
狙いは、姉さんとクレイマンを中心とした半径10メードほどの円形状の草原だった。
ドスッ ドスッ
無数の矢は地面に刺さる。
ボボ……ッ
すると、赤く光る矢から炎が溢れ、それは草原の草木へと引火していった。
「!?」
クレイマンは驚く。
気がつけば、姉さんとクレイマン2人を囲むような炎の輪ができていた。
制限された空間。
槍の間合いで戦おうとする姉さんから、これでクレイマンは簡単に距離を取ることができなくなった。
「ふっ、ふっ」
姉さんは呼吸を整える。
奴の魔法で、姉さんも少なくない負傷をしていた。
体力も続かない。
姉さん自身も覚悟を決めた表情で、クレイマンへとこれまで以上の速度で襲いかかった。
反射的にクレイマンは下がる。
「く……っ」
けれど、後ろは炎の壁だ。
奴はすぐに義手の魔法石を光らせ、姉さんに向けて魔力の爆発を放った。
ボォン ボボォン
姉さんは構わず突っ込む。
衝撃で髪留めが弾けて、長い金色の髪が煌めきながらたなびいた。
「やぁあ!」
キュボッ
姉さんが槍を突き出す。
突進の勢いも加えた全力の刺突は、けれど、魔法の光る盾に弾かれた。
バシィン
「く……っ」
悔しげな姉さん。
間髪で防いだクレイマンは、歪んだ笑みをこぼした。
その時、
「!?」
姉さんは驚いた。
クレイマンは「?」と怪訝そうな顔をする――その背後の炎を突き抜けて、『山刀』を逆手に構えた僕が飛び出した。
ドシュッ
背中から、クレイマンの胸部を貫く。
「……あ?」
その口から呆けた声がこぼれた。
当時に、鮮血も。
魔法が途切れ、光の盾が消える。
「あぁああっ!」
瞬間、姉さんは叫んで、クレイマンの腹部に槍をドスンと突き込んだ。
先端が背中まで貫通する。
傷口から、ボボッ……と炎が溢れた。
クレイマンは『信じられない』といった顔で、何かを掴むように空中へと手を伸ばした。
ドサッ
そのまま仰向けに転倒する。
真下の地面に、血だまりが広がっていった。
…………。
火傷の痛みも忘れ、僕は、その姿を見つめた。
姉さんも槍を抜く。
拍子に奴の手から『呼び鈴』が転げ落ちて、同時に2頭のシルバーコングの動きが止まった。
その表情は、混乱した様子だ。
瞬間、その1頭の頸部に、ミカヅキの牙が突き刺さった。
バキッ ブシャアッ
脛骨が砕け、肉が抉れて大量の血が噴いた。
巨大な猿は絶命した。
ミカヅキは止まらずに、レイさん、アリアさんと戦っていたシルバーコングにも襲いかかった。
バキッ ブシュウ
その命も簡単に奪う。
レイさん、アリアさんも驚いた様子だ。
返り血に染まりながら、
『ウォオオオン!』
ミカヅキは頭上に向かって吠えた。
…………。
そのダークウルフの勝利の咆哮は、戦場の青い空に高く、長く響き渡った。
ご覧いただき、ありがとうございました。




