074・因果応報
第74話になります。
よろしくお願いします。
ライシャさんに促され、僕らは馬車に乗り込んだ。
ミカヅキには留守番をしてもらって、馬車はトールバキン家の屋敷へと向かった。
窓の外は、夕暮れだ。
…………。
領都の赤く染まった景色を眺め、やがて、僕らは屋敷に到着した。
「よく来てくれたね」
案内された応接室で、伯爵様が僕らを出迎えた。
挨拶をして、柔らかなソファーに腰かけて、出された紅茶で軽く喉を湿らせた。
…………。
さて、話とは何だろう?
そうこちらが心を整えたのを見計らったように、伯爵様は口を開いた。
「ルイーズ家の取り潰しが決まった」
…………。
え、取り潰し?
僕と姉さん、レイさん、アリアさんは目を丸くしてしまった。
話では『降爵』と聞いていた。
でも『取り潰し』……?
この違いは、かなり大きいと思った。
驚いている僕らに、伯爵様は、詳しいことの経緯を教えてくれた。
ルイーズ伯爵家は、名門だ。
歴代の当主は、アルパ領の宰相を務め、長く権勢を保ってきた。
……だからだろうか?
「相当な腐敗が起きていた」
と伯爵様。
ルイーズ家はその立場を利用して、多くの不正に手を染め、時には敵対する人々の不審死が相次ぐなど、黒い噂が絶えなかった。
犯罪者ギルドとの深い関係は、特に疑われていた。
だが、証拠がなかった。
そして、それを調べるのは、騎士団を束ねるトールバキン伯爵家だった。
これが両家の対立の原因だ。
ルイーズ家にとっては、自家の不正を暴こうとするトールバキン家が酷く目障りだったのだ。
だが、トールバキン家は、ルイーズ家に並ぶアルパ領の名門貴族だ。
権威では封じ込められない。
…………。
あぁ、そういうことか――僕は、ようやく理解した。
権威では封じられないから、ルイーズ家は、別の手段を用いることにしたんだ。
つまり、
「それでクリスティーナ様が狙われたり、魔物災害が引き起こされたんですね?」
と、僕は言った。
伯爵様にとって、クリスティーナ様は大事な娘だ。
その娘が死ねば、彼は気落ちする。
当然、捜査の指揮にも影響が出るだろうし、トールバキン伯爵への牽制、警告ともなったかもしれない。
魔物災害も同様だ。
騎士団を束ねるトールバキン家は、アルパ領の平穏を守る義務があった。
けれど、魔物災害が頻発する。
それによって多くの人々が苦しめば、その怒りの矛先は、当然、トールバキン家へと向けられるのだ。
貴族たちからの責任追及もあるだろう。
つまりは、トールバキン伯爵は信用を失い、結果、貴族としての力を削がれるのだ。
全ては、トールバキン伯爵家を追い込み、弱らせるため。
…………。
核心をついた僕に、伯爵様は目を見張った。
すぐに苦笑して、
「そうだ」
と頷かれた。
姉さん、レイさん、アリアさんも驚いたように僕を見ていた。
(…………)
予想が当たっても嬉しくない。
そんな理由で人の命を奪うなんて、ルイーズ伯爵って何を考えているんだろう?
僕は憮然だ。
そんな僕を見つめ、
「だが、君のおかげでルイーズ家の罪は暴かれた」
と、伯爵様は言った。
僕が見つけた『黒い笛』は、犯罪者ギルドを捜査するきっかけとなった。
そして、ルイーズ家との関係を臭わせる証拠を、いくつも発見できたのだ。
これによって、ルイーズ家の動きは鈍った。
下手に動けなくなったのだ。
そして、もう1つ。
魔物災害が人為的に起こされた証拠の『魔物集めの香炉』が手に入ったことも大きかった。
災害地の捜査は行われた。
けれど、こうした証拠が見つかったのは初めてだった。
ヒュドラが生息していたことで、ルイーズ家と犯罪者ギルドが証拠を回収、隠滅できなかったのを、僕らが見つけて手に入れたのだ。
これにより、ルイーズ家と犯罪者ギルドの関係が明白になった。
そして、ルイーズ伯爵は謹慎。
この間に捜査が行われ、すると、過去の悪事の証拠も次々と発見され、処分が重くなっていった。
もはや降爵では済まされない。
積もりに積もった罪の結果が『ルイーズ伯爵家の取り潰し』だ。
これは、アルパ領主、そしてローランド王国の国王からも正式に認められた。
…………。
ルイーズ伯爵は、自業自得だ。
ただ何も知らず、巻き込まれただけのルイーズ家の家人たちもいただろう。
それを思うと、少し心が痛かった。
カチャ
その痛みを誤魔化すため、僕は紅茶を飲む。
甘くて、少し渋い。
姉さんは、その引き金を引いてしまった重さに震える僕の髪を、心配そうに撫でてくれた。
レイさん、アリアさんも重い表情だ。
…………。
多分、ただの冒険者が知っていい話じゃない。
それでも、伯爵様なりに、僕らへの誠意としてことの経緯を教えてくれたのだろう。
伯爵様は、僕らを見つめた。
そして、
「ただ、1つ問題が起きてしまってね」
と言った。
◇◇◇◇◇◇◇
(問題……?)
見返す僕らに、伯爵様はこう続けた。
「実は、不正に集めた多額の金銭などと共に、ルイーズ伯爵が姿をくらました」
「…………」
はい?
僕ら4人は、唖然となった。
いや、ならずにはいられないだろう。
だって、苦労して証拠を集め、ようやく悪人に罰を与える段階で逃げられてしまったのだ。
何やってんの? と言いたくなる。
どうやら証拠が固まり、謹慎処分だったその身を逮捕、拘束する寸前のことだったようだ。
きっと情報、漏れてたんだね……。
とはいえ、トールバキン伯爵様の整った顔には、焦りは見られなかった。
彼は、
「逃亡先は、わかっているのだ」
と言った。
これまでの調べで、ルイーズ伯爵には隠れ家となる拠点を持っていることが判明していた。
そこに潜伏し、やがて国外逃亡を図るのだろう――そう伯爵様は予想されていた。
なるほど、だから落ち着いていたのか。
彼は、僕らを見る。
いや、正確にはその内の1人、青い髪のハーフエルフ――アリアさんを見ていた。
「?」
アリアさんは戸惑った。
そんな彼女に、伯爵様は言った。
「その隠れ家には、恐らく、ルイーズ家が匿っていた悪事の生きた証拠、私の娘を襲ったクレイマンというエルフもいるだろう」
(!)
僕らはハッとなった。
姉さん、レイさんも、アリアさんを見る。
「…………」
アリアさんは目を見開いていた。
瞳孔が開いたまま、そのブラウン色の瞳が細まる。
「……場所は?」
低い声が呟いた。
暗い情念のこもった重い声だった。
伯爵様は、それを受け止め、
「私たちは罪人を捕まえるため、騎士団を派遣する。君たちがそれに同行する気があるのなら、その場所を教えても構わない。それが君たちの働きに対する私からの対価だ」
と、おっしゃった。
…………。
僕らを屋敷に呼んだのは、きっとこの話のためだ。
僕は、そう気づいた。
それは、伯爵様なりの誠意だった。
アリアさんは、すがるように僕らを見た。
「…………」
その瞳の奥に、様々な強い感情が揺れているのがわかった。
姉さん、レイさんもわかっただろう。
リーダーであるレイさんは、僕と姉さんを見た。
(うん)
僕ら姉弟は、頷いた。
レイさんは微笑み、アリアさんを見る。
それから、
「伯爵様、どうか私たちも同行させてください」
と、はっきり口にした。
アリアさんは息を飲む。
一瞬、泣きそうな顔をして、すぐにグッとそれを堪えた。
僕らと一緒に、伯爵様を見る。
「わかった」
伯爵様は頷いた。
その時の伯爵様は、少しだけ優しい表情をしていた。
…………。
そして翌日、僕ら4人と1匹は、トールバキン家の騎士団と共に、ルイーズ元伯爵を捕まるため、領都を出発したんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。




