071・結晶空間とケルベロス
今話の更新時に、ブクマ100件を超えていました。皆さん、本当にありがとうございます♪
それでは本日の更新、第71話です。
よろしくお願いします。
隠し通路は、ミカヅキがギリギリ通れる広さだった。
そのまま奥へ。
(……?)
通路の先が明るくなっていた。
姉さんたちも『何だ?』という顔だった。
武器を構えて、警戒しながらそちらへと進んでいった。
…………。
何だ、ここ?
通路の先には、とても広い空間があり、そこには淡く光る結晶が全面に生えていたんだ。
レイさんが呆然と呟いた。
「鉱床だ……」
鉱床?
「長い年月、誰も訪れない空間で『魔鉱石』が生成され続けたんだ。これは、とんでもないぞ」
声が震えている。
姉さん、アリアさんも目を見開いていた。
確かに、これだけの魔鉱石があれば、依頼の量を納めてもお釣りがくる。
いや……。
(それ以上の凄いお金が手に入るんじゃないかな?)
これは、まさに宝の山だ。
アリアさんは、
「ヤバいわ……いったい、どれだけの価値があるのよ、これ? 鳥肌が収まんないわ」
と、腕をゴシゴシ擦っていた。
姉さんも「ほわぁ……」と口をポカンと開けていた。
一獲千金。
僕らは、そんな冒険者ドリームを成功させてしまったのかもしれない。
その時だった。
『グルルッ』
ミカヅキが牙を剝きながら、低く唸った。
え……?
それは警告の声。
慌てて彼女の視線の先を見れば、この空間の中心――美しい結晶の大地に横たわる巨大な生き物がいた。
それは3つ首の狼だった。
体長は、ミカヅキより一回り大きい6メードほど。
体毛は黒。
その存在に、姉さんたちも気づく。
「ケルベロス……っ」
レイさんが引き攣った声を漏らした。
そんな僕らの気配に反応して、3つ首の魔物は血のような眼を開き、ゆっくりと立ち上がった。
……威圧感が凄い。
それは圧倒的強者の気配だった。
ボッ
3つの口から、呼吸に合わせて炎が漏れる。
…………。
もしかしたら、大昔、エルダー神殿の人々を殺した1匹の魔物とは、このケルベロスのことだったのだろうか?
当時の人々は、必死にこの魔物を封印した。
その場所を、僕らは知らずに解放してしまったのかもしれない。
(…………)
今なら逃げられる。
あの通路の幅なら、ケルベロスは追ってこれない。
でも……それは同時に、この『魔鉱石の鉱床』を諦めるということだった。
お金と生命。
どちらが大事かは、言うまでもない。
でも、姉さん、レイさん、アリアさんは『冒険者』だった。
例え危険であったとしても、手が届く場所に宝があるのだとしたら、きっと手を伸ばしてしまうのだ。
ガシャッ
3人は武器を構えた。
みんな、覚悟を決めた表情だった。
(……うん)
僕も頷いた。
僕だって『冒険者』になったのだ。
姉さんと共に歩んでいくのなら、ここで逃げる訳にはいかない。
チャッ
手にした『狩猟弓』を構えた。
『ガゥルル!』
3つ首の狼は牙を剝いた。
僕らを敵と認識して、次の瞬間、低い姿勢から物凄い速度で襲いかかってきた。
◇◇◇◇◇◇◇
戦闘で、美しい結晶が砕けていく。
ガシャン パリン
ケルベロスの突進を迎え撃ったのは、ダークウルフの巨体だった。
3つの首の噛みつきを、黒い疾風のようにかわしながら、逆に噛みつきを当てていく。
噛み千切るのではない。
剣のように牙を当て、斬り裂く動きだった。
ただの野生の魔物ではない、僕らと共に暮らした賢いミカヅキならではの戦い方だった。
ボバァアン
ケルベロスは口から炎を吐いた。
ミカヅキは雷角を光らせ、そこから放った雷撃で相殺する。
ドパァアン
「うわっ!?」
衝撃波で、僕ら4人は簡単に吹き飛ばされた。
…………。
魔物同士の凄い戦いだ。
僕らは迂闊に加勢できない。
下手をしたら、ミカヅキの足を引っ張ってしまうかもしれなかった。
(ミカヅキ……)
僕は、その戦いを見守る。
チャンスがあれば、いつでも矢を放てるように備えた。
その時だった。
「アナリス!」
姉さんの声が響いた。
ハッとする。
見れば、僕らの周囲の空間に、大量のスケルトンとゴーストが出現していた。
2匹の魔物の戦い。
その強烈な魔の気配に、引き寄せられたのかもしれない。
「やるぞ!」
レイさんが叫んだ。
僕らは頷いた。
姉さん、レイさんが光る武器で戦い、アリアさんは聖水の水蒸気で攻撃した。
僕も、
ズパァン
スケルトンとゴーストを光る矢で射貫いていく。
(……っ)
けど、数が多い。
接近された1体のゴーストの指先が、僕の頬に掠った。
ゾワッ
凄く冷たい。
同時に、身体から何かが抜け出た感覚がした。
生気を吸われたんだ。
「アナリス!」
そのゴーストは、気づいた姉さんの槍ですぐに消滅させられた。
僕は片膝をつく。
「大丈夫、アナリス!?」
姉さんは焦った顔だ。
僕は「うん」と頷いた。
驚いたし、指先に少し力が入らない。
でも、まだ戦える。
戦況的に、僕1人が抜けていい状況じゃなかった。
弓を引き、
ズパァン
魔物を1体、倒した。
「大丈夫、やれるよ!」
そう返した。
姉さんは頷いた。
そして、また周囲のスケルトンとゴーストを蹴散らしていく。
でも、聖水が足りるかな……?
魔物を斬るたびに武器の光は減り、それを補うために再び聖水を振りかけていく。
全員、2瓶、使った。
残り1瓶。
(節約しながら、倒すんだ)
僕は使った矢を走って回収し、聖水をかけて、再び狩猟弓を構えた。
ズパァン
光る矢をまた放った。
…………。
…………。
…………。
聖水が尽きた。
光る矢は、あと3本しかない。
でも、スケルトンとゴーストは、まだまだ存在していた。
(これはまずい)
ダークウルフとケルベロスの戦闘も一進一退だ。
ミカヅキとしても、とても僕らの方まで加勢できるような余裕はなかった。
焦る。
でも、打開策がない。
その時、
「きゃっ!?」
姉さんの悲鳴が聞こえた。
(姉さん!?)
姉さんの腕を、スケルトンの曲剣が掠っていた。
傷は浅い。
でも、そこから真っ赤な血が流れていた。
よく見れば、姉さんの手にした槍の穂先からは、聖なる光が消えてしまっていた。
聖水が切れたんだ。
レイさんの片手剣の光も弱々しい。
アリアさんの手にしている瓶の中身も、ほとんど底を尽きかけていた。
ズパァン
姉さんを襲ったスケルトンを、光る矢で貫く。
あと2本。
ゴーストが3体、無力となった姉さんに迫った。
「くっ」
僕は矢を放った。
ズパァン ズパァン
2体のゴーストが消滅する。
けど、もう1体。
姉さんは必死に槍を振るうけれど、それは半透明の身体をすり抜けるだけだった。
ゴーストの手が、姉さんに触れる。
「……ぁ」
姉さんの声がかすかに聞こえた。
カクッ
姉さんが膝をつき、長い金髪を散らしながら倒れた。
顔が真っ青だ。
「姉さん!」
僕はそちらに走った。
姉さんを庇うように、小さな身体で姉さんに覆い被さった。
「アナリス君、ユフィ!」
レイさんの焦る声がした。
アリアさんも蒼白だ。
ギュッ
僕は、姉さんを強く抱きしめた。
姉さんは死なせない。
死ぬなら一緒だ。
そんな僕らへと、ゴーストは容赦なく、その半透明の手を伸ばしてくる。
その時、
「……アナ……リ、ス」
姉さんの冷たい指が僕の手を弱く握った。
視線が合った。
申し訳なさそうな、悲しそうな……でも、どこか安心したような表情だった。
それを見た瞬間、
ポワッ
僕の胸の奥が熱くなった。
(え……?)
それは、レクトア神殿で祈った時の熱と同じ感覚で。
パァアアアッ
僕の全身が白く発光した。
(!?)
訳がわからない。
でも、その光に触れたゴーストが消滅した。
周囲に集まっていたスケルトンたちも、火花と共にバラバラになって、ただの人骨になって床に散らばった。
他のゴーストたちも、光に呑まれて消えていく。
「な……!?」
「何よ、この光!?」
2人の驚く声がする。
そして、ケルベロスもその輝きに驚き、一瞬、こちらに目を奪われた。
その隙を、ミカヅキは見逃さなかった。
ドシュッ
額の雷角を、その3つ首の繋がる根元に突き刺す。
バヂィイン
その状態で雷撃を放った。
『ガ……ッ!?』
体内から雷で焼かれて、ケルベロスの巨体が硬直した。
その3つの口から青い雷光を漏らして、やがて、全身から煙をあげながら、ドウッ……と地面に倒れた。
巨体は動かない。
『ガゥアア!』
ミカヅキは、雷撃を更に放った。
ドパァアン
3つの頭部は弾け飛び、ケルベロスは完全に絶命した。
ミカヅキの勝利だ。
…………。
気づけば、僕の光も消えていた。
今のは何だったのか?
レイさん、アリアさんも狐に抓まれたような表情だった。
キュッ
その時、姉さんの指に力がこもった。
ハッとする。
姉さんは、長い金色の前髪の隙間から、翡翠色の瞳で僕を見つめた。
そして、
「……やったね……アナリス」
そう微笑んだ。
…………。
僕は繋いだ手に力を込める。
姉さんの頭を抱きしめるようにしながら、「うん」と笑って頷いたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。




