068・エルダー神殿
第68話になります。
よろしくお願いします。
ダンジョン遺跡。
それは古代の建造物や大自然の洞窟など、様々な形状をした空間の総称だ。
けど、共通するのは1つ。
ダンジョン遺跡内には、強力な『魔素溜まり』が形成されている――という点だ。
それによってダンジョン遺跡には、多数の魔物が発生し、また魔力を帯びた希少な物質が生まれる空間となっていた。
魔物の体内からは、『魔石』が取れる。
魔石は、この異世界の文明において欠かすことのできないエネルギー資源だ。
…………。
もう、お察しだろう?
つまり、ダンジョン遺跡とは、貴重なエネルギー資源と希少な物質の宝庫なのだ。
だから、国も探索を推奨する。
冒険者たちにとっては、一獲千金も夢ではない稼ぎ場だ。
無論、危険もある。
姉さんの両親……伯父さん、伯母さんもダンジョン遺跡で行方不明になった。
そして多くの命が、そこで散っていた。
…………。
でも、人々は潜り続ける。
欲、名誉、金銭、冒険心……様々なものを満たすために、人はダンジョン遺跡に挑むのだ。
「…………」
ということで、僕も挑むことになった。
といっても、レイさんが受注したクエストのダンジョン遺跡は『初心者向け』だ。
山脈にある古い神殿。
名前は『エルダー神殿』という。
地上2階、地下3階の構造で、すでに全階層が踏破済みだ。
けれど、ダンジョン遺跡は年月の経過と共に、再び魔物や魔力を帯びた物質が発生する。
今回は、そうして再生成されているだろう『魔鉱石』という魔力物質を集めるのがクエスト目的なんだ。
…………。
そんな訳で僕らは今、街道を進んでいた。
目指すのは、エルダー神殿だ。
移動はもちろん、ミカヅキの引く荷車でだった。
その車台の座席で、
「神殿の構造は把握されている。達成はそう難しくないはずだ」
と、レイさんは言った。
その手には、神殿内部の地図も、全階層分、用意されている。
(準備いいなぁ)
素直に感心だ。
地図があるなら、迷子の心配はなさそうだった。
アリアさんは、
「魔物はどうなの?」
と聞いた。
レイさんは、依頼書を確認する。
「出現するのは、スケルトン、ゴーストなどだな。対処の難しい魔物はいなさそうだ」
…………。
僕は手を挙げた。
「あの、スケルトンやゴーストって、僕の矢は通じるの?」
そう質問した。
骨に矢が刺さっても、死なない気がする。
いや、元々死んでるんだけど……。
それにゴーストなんて、命中しても矢がすり抜けてしまう気がした。
レイさんは笑った。
「通じないかもしれないな」
「…………」
「スケルトンは全身の骨を砕けば倒せる。だが、弓では難しいだろう?」
「うん……」
僕は、正直に頷いた。
レイさんは、
「そこで、これだ」
と、小さな小瓶を取り出した。
これは?
「聖水だ」
見せられた液体は、中で小さな光がキラキラ輝いていた。
なんか、綺麗。
「これを、私とユフィの剣と槍、そして、アナリス君の矢に塗る。その聖属性の武器で攻撃すれば、スケルトンやゴーストは簡単に倒せるんだ」
レイさんはそう教えてくれた。
(へぇ、そうなんだ?)
僕は、まじまじと小瓶を見つめてしまった。
それからレイさんは、僕ら1人1人に、聖水の小瓶を3個ずつ渡した。
うん、大事に使おう。
レイさんは、
「ダンジョン遺跡に潜る時には、こうした下調べと事前準備が必要なんだ」
と、僕を見つめて言った。
…………。
その語り方で、気づいた。
今回のクエストは、僕にダンジョン遺跡の経験を積ませるためかもしれないって。
レイさん、アリアさんも、姉さんの両親のことは知っていた。
姉さんが、両親の消えたダンジョン遺跡に挑みたがって、日々、がんばっていることも。
いつか、そこに4人で挑むために。
そのための勉強として、今回、初心者向けのエルダー神殿に行くことにしたのかもしれない。
…………。
もしそうなら、僕はしっかり学ばなければ。
改めて、心を引き締め直した。
姉さんは、
「大丈夫。私たちがいるから何も心配ないよ」
と微笑んだ。
その手が僕の髪を撫でる。
(…………)
伯父さん、伯母さんを失って、誰よりもダンジョン遺跡の怖さを知っている姉さん。
だからこそ、初心者の僕を安心させようとしてくれていた。
僕は頷いた。
うん、がんばろう。
姉さんの笑顔を見て、強くそう思った。
…………。
そうして僕らを乗せた荷車は、ミカヅキに引かれながら、エルダー神殿への街道を進んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇
領都を発って2日目。
僕らは山脈を登って、その中腹にある『エルダー神殿』に辿り着いた。
古い石作りの神殿だ。
入り口は、鎖と錠前で封鎖されていた。
ガチャン
冒険者ギルドから預かった鍵で、レイさんが錠前を外した。
重い扉を開く。
少し肌寒い空気が外に流れてきた。
(…………)
中は暗く、ランタンの灯りで照らして覗き込んだ。
内部は思ったよりも広く、これなら体長4メードのミカヅキも入れそうだ。
荷車は外して、近くの茂みに隠しておく。
レイさんは、僕らを振り返った。
「では、行こうか」
「うん」
僕らは頷いた。
そして、4人と1匹で薄暗い神殿の中へと入っていった。
(……結構、広いな)
中を歩きながら、そう思った。
少し風化してるけど、装飾の施された柱などがあって、廊下の天井も高かった。
壮麗な神殿だ。
レイさんは、
「ダンジョン遺跡を歩く時、重要なのは現在地を見失わないことだ」
と言った。
「今、私たちがどこにいるか、わかるかい?」
そう神殿の見取り図を見せてくる。
僕は頷いて、
「ここでしょ?」
小さな指で見取り図の1点を触った。
レイさんは感心した顔で「正解だ。よくわかったね」と頷いた。
アリアさんも驚いていた。
だって、僕は『森の狩人』だったんだ。
森を歩く時だって、今、どれだけの距離を歩いたか、どちらの方向を向いているか、常に意識していなければ迷ってしまう。
そして僕は、3歳から森を歩いているのだ。
だから前世のゲームの地図みたいに、頭の中で、自分の現在地は把握できるんだ。
姉さんは、
「さすが、アナリスだね」
と誇らしそうだ。
アリアさんは「ほんと、可愛くないわねぇ」と肩を竦める。
レイさんは頷いて、
「なるほど。アナリス君の才能は、ダンジョン遺跡でも発揮できるという訳か……」
なんて呟いていた。
少し大げさだなぁ、と思う。
そんな話をしながら、僕らは古い時代の廊下を歩いた。
…………。
しばらく進むと階段があった。
目的の『魔鉱石』は地下階層で発見されることが多いそうだ。
特に、地下3階。
神殿の最下層で、よく採掘されるらしいので、僕らもそこを目指していた。
ただ、
「その分、地下は魔素が濃い。そして、魔物も発生し易くなるんだ」
と、レイさん。
つまり、この先は戦闘になる可能性が高い。
ちなみに大気の魔素が濃いほど、出現する魔物も強くなる傾向にあるんだって。
キュポッ
姉さんは『聖水の瓶』の蓋を外した。
そして、中の聖水を槍の穂先へと垂らしていく。
ポウッ
槍が淡く発光した。
聖属性が付与されたんだ。
「アナリスも」
「うん」
姉さんに促され、僕も自分の10本の矢に聖水を垂らした。
ポウッ
矢じりが輝く。
レイさんも同じように、自分の片手剣に聖属性を付与していた。
「…………」
アリアさんだけは何もしない。
彼女は『魔法使い』だからだ。
きっと、この間の『麻痺の薬』みたいに『聖水』も水蒸気にして攻撃できるのかもしれない。
そして、準備は整った。
僕らは階段を降りていく。
コツ コツ
足音が反響する。
暗闇をランタンの灯りで照らしながら、やがて、地下1階に着いた。
その時だった。
カツン
僕らとは、別の足音がした。
(!)
4人とも、動きを止めた。
カツン カツン
それでも足音は続き、段々と大きくなる――こちらへと近づいているんだ。
僕らは無言で武器を構えた。
…………。
やがて、10秒後、ソイツが灯りの中に姿を現した。
白い骨のみの身体。
骨の手には、欠けた曲剣がある。
落ち窪んだ眼窩には、妖しい紫色の光が灯っていた。
魔物の名は、スケルトン。
ダンジョン遺跡で初めて遭遇したのは、まるで人の死を具現化したような魔物だった。
ご覧いただき、ありがとうございました。




