066・謎の迷彩集団
第66話になります。
よろしくお願いします。
(……人間?)
現れたのは、魔物ではなかった。
草原に紛れるために濃緑色の迷彩柄の服を着た、20人ほどの人間の集団だった。
顔も、目元以外は布で覆われていた。
「何者だ!?」
レイさんが誰何の声をあげた。
でも、誰も答えない。
(まさか、野盗……?)
一瞬、そう思った。
だけど、野盗ならもっと装備がバラバラだろう。
あそこまで統一された服装は、むしろ、何かの組織の人間みたいに思えた。
…………。
緊張感が場に広がる。
次の瞬間、
ガシャッ
彼らの10人ほどがこちらにクロスボウを構えた。
「!?」
僕らは驚き、同時にドドンと重い音を立てて10本の矢が発射された。
逃げる間もない。
死を覚悟した瞬間、僕らを庇うようにダークウルフの巨体が黒い風となって前に出た。
ドシュシュッ
『グアッ!』
苦悶の声が響く。
僕は茫然となり、遅れて「ミカヅキ!?」と叫んだ。
彼女の身体に、7本の矢が刺さっている。
残りは、地面に落ちていた。
魔物の肉体は頑強だ。
黒い毛皮と分厚い筋肉に覆われて、幸いにもクロスボウの矢は深くは刺さっていなかった。
致命傷ではない。
でも、当たり所が悪ければ最悪の事態もあった。
…………。
感情が灼熱する。
次の瞬間、僕は『狩猟弓』を構えて、金属の矢を放っていた。
ズパァン
クロスボウを射た1人の眉間に突き刺さった。
相手は地面に倒れた。
動物や魔物ではなく、人間を殺した――それを意識する間もなく、僕は次々と矢を放った。
ズパァン ズパァン
2人目、3人目を殺した。
向こうも再びクロスボウを構えて、こちらに撃ってきた。
「アナリス!」
グイッ
姉さんに襟首を掴まれ、荷車の陰に隠された。
直後、木造の車体に、バキッ、ズガッとクロスボウの矢が連続で突き刺さった。
すぐに半身を出して、
ズパァン
僕は4人目を殺した。
それを見て、迷彩集団のクロスボウ以外の連中が片手剣を抜き、こちらへ音もなく駆け出した。
その数、12人。
その内の8人が、正面に陣取るダークウルフへと襲いかかった。
『グルァア!』
ミカヅキも吠えて、応戦した。
そして残りの4人は、その戦いの場を回り込むようにして、荷車に隠れる僕らの方へと迫った。
「ユフィ!」
「うん!」
レイさん、姉さんが立ち上がった。
僕の元へと辿り着かせないため、4人との戦闘に入った。
ガン ギィン
火花と共に、武器がぶつかり合う。
その間に、僕は5人目、6人目のクロスボウの射手を殺していた。
残った射手は、4人。
彼らは場所を移動する。
こちらの狙いを外させるつもりだろう――でも、僕には関係なかった。
ズパァン
走る7人目が倒れた。
魔物に比べて、人間の動きは遅すぎる。
外すなんて、あり得ない。
ズパァン ズパァン
8人目、9人目も倒れた。
残された最後の1人は、驚愕に目を見開いていた。
ズパァン
その中心に、矢が刺さった。
最後の1人は、ドサッ……と地面に仰向けに倒れた。
「…………」
僕の矢筒も、ちょうど空だ。
心が冷えていく。
姉さんとレイさんは、4人相手に少し苦戦していた。
けれど、
ボシュウ
その4人を包み込むように、白い水蒸気が発生した。
アリアさんの魔法だ。
杖の魔法石を青く輝かせながら、その先端を4人に向けている――そのアリアさんのもう一方の手には、『麻痺の薬』の瓶があった。
水蒸気が消える。
すると、4人の動きが驚くほど鈍くなっていた。
手足が痙攣している。
麻痺したのだ。
姉さんの槍とレイさんの片手剣は、容赦なく、その命を奪った。
ガシュッ
鮮血が散り、4人が地面に倒れた。
「はぁ、はぁ」
返り血を浴びながら、姉さんは肩で息をしていた。
レイさんも同様だ。
アリアさんは、援護が間に合ったことに安堵の表情だった。
…………。
クロスボウ隊と別動隊が全滅したことで、ミカヅキと戦っていた8人は、突然、身を翻した。
草を散らして、四方に散る。
(え……?)
逃げ出した。
遅れて、そう気づいた。
8人との戦いで、ダークウルフの巨体も少なくない負傷を追っていた。
ミカヅキは、怒りが収まらない様子で、
『ガアッ!』
ドパァン
逃げる背中へと『雷撃』を放った。
ドパァン ドパァン
3人までは倒せたけれど、4人目以降は、射程外へと逃げられてしまった。
追いかけようとするミカヅキ。
僕は、
「ミカヅキ、それ以上は駄目だ」
と言った。
この迷彩集団は、思った以上に組織だった動きをしていた。
逃走も罠かもしれない。
少なくとも、ミカヅキ単体で追いかける状況は危険な気がしたんだ。
『グルル』
ミカヅキは不満そうだった。
でも、僕の言葉に従って、追撃を我慢をしてくれた。
ありがとう、ミカヅキ。
モフモフ
その首を撫でる。
ミカヅキは気持ち良さそうに瞳を細め、それで留飲を下げてくれたようだった。
そんな僕に、
「お疲れ様、アナリス」
姉さんが声をかけ、僕を抱きしめてくれた。
…………。
手が震えていた。
僕は初めて『人を殺した』んだ。
姉さんは、そんな僕の感情をわかっていたのかもしれない。
(…………)
姉さんの体温が心地好い。
その温もりの中で、僕は目を閉じて、深く、深く吐息をこぼしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
僕と姉さんは、集めていた薬草でミカヅキの手当てをした。
傷は多いけど、深手はない。
不幸中の幸いだった。
痛み止めの効果が出たのか、ミカヅキの表情も少し楽になったみたいだ。
(……よかった)
ミカヅキは魔物だから、怪我の治りも早い。
しっかり食べて休めば、すぐに元気になってくれるだろう。
姉さん、レイさんも怪我をしていた。
でも、2人とも掠り傷程度で、すり潰した薬草を塗って、ガーゼと包帯を巻くことで対処していた。
心配する僕に、
「大丈夫だよ、アナリス」
と、姉さんは微笑んでいた。
…………。
怪我の手当てが終わったあとは、僕らを襲った人たちの死体を調べることになった。
人間の遺体だ。
少しだけ、心が強張る。
「私たちがやるから、心配しないでいい」
とレイさん。
姉さんは僕のそばにいてくれて、レイさん、アリアさんの2人で調べ始めた。
傭兵だったからか、2人は人間の死体に慣れているみたいだ。
しばらく見守る。
荷物や衣服、装備などを確認していく。
けれど、特に手がかりはなく、使っていた片手剣も汎用品みたいだ。
彼らの正体を示す物は何もない。
……まさか、本当に野盗だった?
(いや……それなら、ここまで身元を示す物がないのもおかしいよね)
そう思った時だった。
「む?」
レイさんが声をあげた。
脱がした衣服の下、右上腕に『髑髏の刺青』があった。
他の遺体も確認する。
全員が同じ『髑髏の刺青』を身体のどこかの部位に彫っていた。
アリアさんも「これは……」と呟いた。
レイさんは考える。
「もしかしたら、彼らは傭兵かもしれない」
え?
僕と姉さんは驚く。
元傭兵の黒髪の美女は、
「傭兵団の中には、こうした統一の刺青を入れる者たちもいるんだ。特に、犯罪にも手を染める傭兵団はそうした傾向が強い」
と教えてくれた。
犯罪……。
その言葉に、僕は引っかかった。
「もしかして、犯罪者ギルド……?」
「あり得るな」
レイさんは頷いた。
つまり、彼らは犯罪者ギルドの仕事として、僕らを襲った可能性があった。
でも、なぜ?
アリアさんが渋い顔をする。
「犯罪者ギルドの裏にいるのは、ルイーズ伯爵家でしょ。トールバキン伯爵家からも『逆恨みされるかも』って言われていたじゃない」
(あ……)
そう言えば、そうだった。
レイさんは言う。
「ルード村でも証拠品を1つ、押収したしな。奴らにとって私たちとアナリス君は、目の上のたんこぶだ」
「…………」
考えたら、今も僕らはトールバキン家の指名依頼でここにいる。
ルイーズ家から敵認定されても仕方ないんだ。
(……うん)
何だか面倒なことになってきたね?
僕は、少し遠い目だ。
姉さんは、そんな僕の髪を慰めるように撫でた。
「帰ったら、伯爵様に相談しよう?」
そう微笑む。
僕は「うん」と頷いた。
貴族同士の対立に巻き込まれた以上、僕らだけでは対処できない。
トールバキン家に助けを求めるのが正解だ。
レイさん、アリアさんも頷いていた。
…………。
正直、ミカヅキがいなければ、僕らは全滅していたかもしれない。
今回は生き残れた。
でも、次はどうなるか……?
「…………」
僕は青い空を見上げた。
それから、僕ら4人と1匹は『陽だまり高原』をあとにして、領都への帰路についたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。




