064・初めての指名依頼
第64話になります。
よろしくお願いします。
「休暇は今日まで。明日から再び冒険者としての活動を再開しよう」
その日の昼食のあと、レイさんがそう言った。
引っ越しのため、しばらく休んでいたけれど、明日からは冒険者ギルドでクエストを探そうということだ。
働かざる者、食うべからず。
無論、僕らは頷いた。
…………。
僕個人としては、少し感慨深くもある。
そんな僕に気づいて、
「アナリスにとっては、冒険者としての初クエストだね?」
と、姉さんが微笑んだ。
僕は「うん」と頷いた。
クエスト自体は、これまで手伝いでやったことはあった。
けど、気持ちは何かが違った。
責任感?
高揚感?
よくわからない。
でも、初雪の地面に足を踏み出すような、そんなワクワクがあった。
そんな僕に、レイさんは笑っている。
アリアさんも「そういう時代、アタシらにもあったわねぇ」なんて、懐かしそうに呟いていた。
……うん、明日が楽しみだ。
そんな話をしていた時だった。
チリン チリン
家の玄関に提げられた呼び鈴が鳴った。
来客だ。
(誰だろう?)
引っ越したばかりの僕らの家に来る客なんて、ちょっと思いつかなかった。
「は~い」
玄関に一番近かったので、僕が応対に向かった。
ガチャッ
扉を開けて、
「アナリス様!」
瞬間、僕に誰かが抱きついてきた。
(ほえっ!?)
見れば、それは紫色の長い髪をした女の子だった。
……え?
「クリスティーナ様?」
僕は目を丸くする。
クリスティーナ様は「はい!」と嬉しそうに笑った。
姉さん、レイさん、アリアさんも、トールバキン伯爵家のお嬢様の突然の登場に驚いた顔だった。
よく見たら、家の前の通りに馬車が停まっていた。
近くに、女騎士ライシャさんも立っていた。
ペコッ
彼女は微笑みながら、軽く頭を下げてくる。
僕も『あ、どうも』と頭を下げ返した。
そうしている間も、
「うふふっ」
お嬢様は橙色の瞳を細めて、嬉しそうに僕に抱きついていた。
とりあえず、2人をリビングに通した。
レイさんが紅茶を淹れてくれて、お嬢様たちは上品な所作でその味と香りを楽しまれた。
まさかこの家初の来客が、貴族様とは思わなかった……。
僕は、
「えっと、今日はどうしたんですか?」
と聞いてみた。
紅茶のカップをソーサーに戻して、お嬢様は笑った。
「アナリス様がこちらに来られたと聞いて、お顔を見たかったんです。また会えて嬉しいですわ!」
凄くいい笑顔だ。
…………。
僕が領都に来たこと、まだ教えてないはずなのになぜ知ってるんだろう……?
もしかして、入都手続きで?
あるいは冒険者ギルドに登録したから?
(……貴族だもんなぁ)
きっと方法は色々あるのかもしれない。
遠い目をする僕に、ライシャさんは小さく苦笑していた。
ちなみに、姉さんは憮然としていて、レイさん、アリアさんはお嬢様と親しい僕に対応を任せていた。
僕は気を取り直して、
「そうだったんですね」
と答える。
クリスティーナ様は「はい」と頷いて、グッとテーブルに身を乗り出した。
そして、
「それで、実はアナリス様が冒険者登録されたと聞いて、トールバキン家からの依頼を1つ持ってきましたの」
と、おっしゃった。
◇◇◇◇◇◇◇
(依頼……?)
思わぬ言葉に、僕は驚いた。
そういえば、姉さんたちは、時々、トールバキン家からの『指名依頼』を受けていたと聞いた。
その1つなのかな?
依頼と聞いて、レイさんが口を開いた。
「どのような依頼でしょう?」
彼女は、僕らパーティーのリーダーだ。
クエスト受注に関する判断は、基本、彼女が行うものになるんだ。
向こうも、ライシャさんが対応した。
「陽だまり高原に咲く『ライトフィリアの花』という植物の採取依頼です。報酬は1万ゴルダ。すでに冒険者ギルドにも話を通してあります」
1万ゴルダ……約100万円だ。
ギルドにも連絡済みなんて、手際がいいね。
レイさんは、
「なるほど」
と頷いた。
ちなみに『ライトフィリアの花』は滋養強壮の薬花でもあって、高級ポーションの材料にもなる。
お嬢様曰く、
「お母様にあげたいの」
とのこと。
妹を産んだことで、お母様の体力が少し落ちてしまった。
なので、栄養価のある『ライトフィリアの花』を贈ってあげたいのだそうだ。
(……いい子だなぁ)
クリスティーナ様は、本当に家族思いだ。
その思いに応えるために、僕としては『受けたい』と思った。
でも、レイさんは少し考えて、
「ただの採取依頼にしては、報酬が少し高めではありませんか? 何か理由があるのでしょうか?」
と確認した。
……言われてみれば、確かに。
もしかして、採取場所に手強い魔物でもいるのだろうか?
でも、
「それは、アナリス様への祝儀も含めてですわ」
と、お嬢様は笑った。
…………。
え……祝儀?
「だって、アナリス様はついに冒険者になられたのでしょう? なら、私もお祝いしたいじゃないですか」
とても明るい笑顔だ。
僕らは目を丸くしてしまう。
ライシャさんを見る。
彼女は「はい」と認めて頷いた。
(……そ、そうなんだ)
僕は、ちょっと唖然だ。
そんな僕に、
「それに、アナリス様の冒険者としての初めてのクエストは、私がお願いしたかったんです」
と、クリスティーナ様は力説した。
(そっか)
嬉しいような、困るような、不思議な感じ。
そんなお嬢様に、姉さんも「むぅ……」と複雑そうな顔だ。
アリアさんは、どこか呆れ顔。
レイさんは苦笑し、
「なるほど、そういうことでしたら、ご依頼を謹んでお受けいたします」
と頷いた。
その答えに、お嬢様も嬉しそうだ。
その後、期日や納品数など、細かい打ち合わせを行って、クリスティーナ様たちは帰っていった。
ちなみに帰る前に、
「お泊りしては駄目ですの?」
と、お伺いされてしまった。
さすがに問題になるので丁重にお断りしたけどね。
…………。
少しびっくりしたな。
でも、こんな風に気にかけてもらえるのは素直に嬉しかった。
(うん、がんばろう)
こうして僕の冒険者としての初仕事は『ライトフィリアの花』の採取に決まったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。




